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黒田博樹から受け継がれる「カープ魂」。
広島を陰で支える男の証言 (2ページ目)

  • 前原淳●文 text by Maehara Jun
  • photo by Nishida Taisuke

―― 新井さんはいつから携わってこられたのでしょうか。

「新井さんが36歳の時です。いわば、36歳から操育をやり直したようなものだったんです。(見るようになって)1年を終えたオフに新井さんがボクに言うんです。『手塚さん、僕はヒットを1800本ぐらい打っているんですが、じつはバッティングのことを何もわからずに打ってきたようなものなんです』と。驚きました。今までは『勢いだ』と言うんです。『どうやったら打てるのか、打てないのかがわからなかった。でも今はわかるようになったんです。楽しいね、バッティング』と。それから3年後にMVPを獲られたんですが、操育というプログラムはそういうことが起こるんです」

―― 黒田氏はある雑誌を読んで手塚さんのことを知り、直接連絡されたとうかがいました。

「そうでしたね(笑)。開幕戦の登板を終えた3日後だったと思います。電話をいただいて『(このままでは)ダメだ』と。ただ、すでにシーズンが始まっていたので、大掛かりなことはできません。シーズン中からやりとりさせていただきながらも、その年のオフから本腰を入れて取り組んでいくことになりました」

―― 黒田投手との出会いから、今の広島の選手との深いつながりにつながっていったのですね。

「野球は団体競技でありながら、個人競技の側面もあると思います。投手対打者、ポジション争いも1対1。でも、黒田さんには『オレだけがよければ......』という感覚がありません。あの男気が波及して、みんなのハートに響いていったのだと思います。ここ(広島)に工房をつくろうとなったのも、黒田さんがいたからです。今では多くの後輩たちを担当するようになりましたが、すべての始まりは黒田さんでした」

 1球団でこれだけ多くの選手をサポートすることは珍しい。投手・野手に限らず、昨年の大瀬良のような飛躍を遂げる選手の台頭を手塚氏は感じている。なにより、今の時代だからこそ"操育"が必要だと感じている。

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