2018.12.27

元巨人・山口鉄也が語るプロ人生
「工藤公康さんとの出会いで変わった」

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • photo by Kyodo News

“育成の星”として数々の記録を打ち立てた山口鉄也(巨人)が、13年のプロ野球生活に別れを告げた。2006年に育成ドラフト第1期生としてプロ野球生活をスタート。2007年に支配下登録されると、一躍、巨人リリーフ陣の柱としてチームを支えた。2008年から9年連続60試合登板のプロ野球記録を樹立。第2、3回WBCでは日本代表の一員として戦うなど、球界を代表する選手へと上り詰め、240万円だった年俸はいつしか3億2000万円にまで達していた。そんな山口が激動の13年間を振り返った。

今シーズン限りで現役を引退した巨人・山口鉄也―― 現役を引退されて数カ月経ちましたが、寂しさみたいなものはありますか。

「まだ実感がわかないというか、例年どおりのオフみたいな感じで過ごしています。時々、『もう野球をやらなくていいんだ』と思ったりもしますが、自分のなかではやり切ったという気持ちが大きかったので、今のところ寂しいとか、そういう感情はありません。でも年が明けて、キャンプが始まり、プロ野球が開幕すると寂しさが出てくるかもしれないですね」

―― 高校を卒業してアメリカでプレーされましたが、きっかけは何だったのですか。

「高校3年の最後の夏の大会が終わり、自分のなかで『もう野球はいいかな』と思ったんです。もちろんプロ野球選手になりたいという夢はあったのですが、声のかかるような選手もなかったですし、大学に入ってまた一からやるのも面倒だなと思って……本気で野球をやめようと思っていたのですが、どうしてもやりたくなって。

それで高校の先輩に相談したら、アメリカでテストを受けてみないかと。別にアメリカでやりたいとも思っていませんでしたし、受かるとも思っていませんでした。ただアメリカに行ったことがなかったので、旅行感覚で受けに行ったんです。そうしたら獲ってくれる球団があって。一番下のリーグというのはわかっていたんですけど、メジャー傘下の一応プロですから。とにかくここで頑張ってみようと思って、決意しました」