【イップスの深層】解雇寸前の岩本勉をエースに改造した2人のコーチ

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

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連載第4回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・岩本勉(4)

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イップスを克服し、1996年には10勝をマークした岩本勉氏イップスを克服し、1996年には10勝をマークした岩本勉氏

 憧れの存在を前にして、目を輝かせるユニフォーム姿の野球少年たち。そんなまぶしい視線を浴びながら、キャッチボールを披露していた元日本ハムファイターズの岩本勉は内心、「やばい、来たな......」とつぶやいた。プロ野球を引退して10年以上が経っても、岩本の「イップス」はいまだに再発する瞬間があるという。

「小学生相手の野球教室でも、いまだに(イップスが)来ますよ。でも、もうずるい大人なので、『おっちゃんコントロール悪いから、お前ら逃げろよ!』とごまかしながら投げる(笑)。自分で自分の心にゆとりを作らないといけないんです」

 この境地までたどり着くには、気が遠くなるほどの長い時間が必要だった。

 岩本が投球練習すらままならないイップスを発症したのはプロ3年目。4年目には1日1000球に及ぶネットスローという荒療治によって、目を閉じてもある程度の場所にコントロールできるまでに回復した。それでも、岩本の名前はシーズンオフの「整理選手」の候補に挙がっていたという。

「(当時監督の)大沢啓二さんが『俺が獲ってきたヤツだから、責任は俺が取る。もう1年見てやってくれ』と頼んでくれたらしいんです。それでクビがつながって、もう1年続けられることになりました」

 そんな4年目の秋、岩本にとってひとつの転機が訪れる。秋季キャンプ中、フィールディング練習をしていた岩本に、投手コーチの高橋一三が声を掛けた。「お前、守備練習ではちゃんと投げられるんだな」と。マウンドに立って投球する際には震えが起きていたが、守備での送球はまったく問題がなかったのだ。

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