2015.08.19

阪神・能見篤史はサイドスロー転向を本気で考えていた

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中谷仁(なかたに・じん)1979年5月5日、和歌山県生まれ。甲子園の名門、智弁和歌山高校出身。甲子園には正捕手として3度出場し、2年生だった 1996年センバツ大会では準優勝。3年生の1997年夏の甲子園では主将として全国制覇を成し遂げる。同年のドラフト1位で阪神に入団。その後、 2005年オフに金銭トレードで楽天へ移籍。2012年からは巨人に移籍。その年を最後に引退し、巨人ブルペン捕手としてリーグ優勝に貢献。2013年の WBC日本代表でもブルペン捕手としてチームに帯同した。現在は大阪の野球教室「上達屋」でプロ野球選手から子どもたちまで幅広く指導を行なっている。(photo by Igarashi Kazuhiro)
 もし、後先を考えず、とにかくストライクを取ることだけを考えていたらどうなっていたか。球が甘く入れば長打の可能性もあるし、3、4点取られていたかもしれない。それだけは絶対に避けようとしていました。能見のマネジメント能力の高さを見た試合でした。

 その試合後、能見はこのように言っていました。

「(満塁の場面で)ストライクで勝負して打たれたら仕方ないと思えるのが普通かもしれない。でも、押し出しは嫌だったけど、四球も想定して最後の球も厳しいところを狙った。押し出しの1点なら、試合は壊れないと思って……」

 決して押し出しを選んだわけではないけど、間違えても甘い球は投げないという意志の強さ、彼の精神的な強さを感じました。能見は降板しましたが、最悪の結果を回避したこともあって、日本が4-3で勝利することができました。あの大会は、マー君(田中将大)やマエケン(前田健太)が本調子ではなく、能見にかかる期待が大きかった。そういう意味で、能見にとっては忘れることのできない大会だったのではないでしょうか。

 とにかく勝利に対してストイックな男で、これからも結果にこだわり続けてほしいですね。5年後に、本当にサイドから投げる能見を見てみたいと思います。すでにベテランの域に達していますが、まだまだ楽しみがある選手です。

おわり

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