2014.12.04

坪井智哉「死に場所を探しにアメリカに行ったんです」

  • 村瀬秀信●文 text by Murase Hidenobu
  • 甲斐啓二郎●写真 photo by Kai Keijiro

12月特集 アスリート、現役続行と引退の波間 (1)

坪井智哉インタビュー(前編)

 晩秋の候。
 
 今年もプロ野球の世界を引退した選手たちが、それぞれ新たな道の第一歩を歩みはじめた。ある者は日本シリーズで解説者デビューをし、ある者は将来の幹部候補生として海外に野球留学へと出立。あるGGはサラリーマンとしてキモティ再出発を図り、ある選手は引退ディナーショーを開催したりと、時代を彩った名選手たちがその役目を終え、戦いの軌跡は野球界の歴史に積み重さなる。

2012年から3年間、アメリカ独立リーグでプレイした坪井智哉

 目をつぶれば蘇(よみがえ)る、その勇姿。耳をすませば聞こえてくる、グラウンドに響く惜別のラッパの音色......。
 PL~♪ 青学~♪ 東芝~♪(阪神!)

 坪井智哉。
 
 アマチュア時代、エリート街道を歩んだ天才打者の華麗なる経歴を示すそのファンファーレ。98年。暗黒時代の真っ只中にある阪神タイガースに彗星のごとく現れ、ルーキーで打率.327と球団新人最多安打記録を更新する衝撃のデビューを果たして以来15年。阪神・日本ハムで打撃職人として独特の存在感を示し続けた彼もまた、今年ユニフォームを脱いだ野球人のひとりだ。
 
「ひと言では言い尽くせぬほど、いろんなことがありました。現役の頃には『辞めた後にはどういう感覚を持つのだろう?』と思っていましたけど......いま思うのは"素晴らしい野球人生だった"ということです」
 
 そんな言葉を残した引退会見から約2カ月。東京都内で会った坪井智哉の表情はまるで別人になっていた。
 
「それ、何人に言われただろう。自分ではわからないけど、引退して会う人会う人から『表情がやさしくなった』って言われます。戦うものがなくなったのだから、当たり前なんだろうけど......一体どんな顔していたんだろうって(笑)」