従来のフォームとの決別。昨年の開幕投手、斎藤佑樹が語る「今」 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

「11月の後わり、『右肩の関節唇損傷』だと診断されました。お医者さんからは『関節唇を傷めた野球選手は多いけど、手術しないと剥がれている軟骨はくっつかない。ただ。それが剥(は)がれていても、痛みが出なければ投げられる。痛みが出なかったら、手術しなくても大丈夫だよ』とも言われました。そこで、いろんな人からいろんな例を聞いて、まずは肩を2カ月休ませて、ケアすれば大丈夫なのかなって考えてました」

 関節唇とは、上腕骨と肩甲骨からなる肩関節の中で、上腕骨の骨頭の受け皿となる肩甲骨の関節窩(かんせつか)に付着した軟骨の一部である。簡単に言えば、肩甲骨というお皿の上で回ろうとする上腕骨の丸い先端が擦れず、しかも緩まないよう、クッションとストッパーの役割を果たす緩衝剤(かんしょうざい)のようなものだ。投球動作の繰り返しによって関節に無理な負荷がかかると、関節はだんだん緩んでくる。その結果、上腕骨が肩甲骨の関節窩の中で正しい動きをしなくなり、やがて接点となる関節唇が剥がれたり、ささくれたりしてしまう。その剥がれ、ささくれた軟骨が神経に障ると、痛みを伴うというわけだ。

 軟骨は再生することはない。つまり、損傷した関節唇は治ることはないのだ。ただし斎藤が言うように、上腕骨が肩甲骨の関節窩の中で正しい動きをすれば、損傷した関節唇も痛むことはない。だから上腕骨に正しい動きをさせるよう、またそうした関節の緩みが悪化しないよう予防をするために、肩関節のストレッチや肩周りのインナーマッスルの強化も効果があると言われている。同時に、正しい動きをするための、痛みを伴わないフォームの見直しも欠かせない。まずはそうしたアプローチをして、それでも痛みが消えないとなれば、やがては内視鏡によるクリーニング手術、さらには関節唇を縫い付ける修復手術が必要となる。かつて、ライオンズの森慎二、ホークスの斉藤和巳、ドラゴンズにいた中里篤史らが修復手術を受けたが、復活できていない。ただ、クリーニング手術の段階であれば復帰の可能性はグッと高まり、現在も、斎藤のチームメイトのボビー・ケッペルが関節唇のクリーニング手術を受けて、復帰を目指している。

「最初の方は、肩を上げただけで痛くなったんですけど、今は投げなければ痛みは出ません。投げる時、ボールを握った右手が頭から離れちゃうと痛むんです。できるだけ頭の近くに右手を持ってきて、肩甲骨と胸郭と回すイメージで投げると痛くないんです。腕を後ろの方でしならせると痛いんですけど、前でしならせることができれば痛くない。ボールをリリースする瞬間、どれだけしならせることができるかによって、ボールのスピードもキレも違ってくると思います」

 ピッチングを弓で喩(たと)えると、矢を後ろにグーっと引かなければ勢いは生まれない。しかし、ピッチングをムチに喩えれば、支点をしっかり固定できれば、ムチを後ろに引くことなく振ってもムチの先端は勢いよく走る。今の斎藤は、弓矢を後ろに引く動作をすると痛みが出てしまう。だから、支点、つまり腰から下を鍛えることで、腕を後ろに引かず、支点を固定してムチの先端を走らせようとしているのだ。

「今までのフォームは、完全に捨てる覚悟を決めました。正直、大学3年のあたりから、自分の思ったボールを投げられていない。その中でもいい時期、悪い時期はありましたけど、いつも違うんじゃないかと思いながら投げてきました。よく言うじゃないですか。『いい時に戻れ』って……でもいい時に戻ろうとすると、うまくいかないんですよね。ならばこの機会に新しいフォームを見つけて、理想的なフォームを追い求めようと思いました。でも、そうすると自然にいい時と感覚が似てくるから不思議です。戻そうとするとダメだけど、正しいフォームを求めようとすると、いい時に近づいてくる。キャッチャーとの間にラインが出てくるんです。やっぱり、いい球を投げるためには、その感覚が必要だと思いました」

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る