検索

【MLB】「大谷翔平はもう投げなくていい」武田一浩が語る、プレーオフを見据えるドジャースにとって最悪のケースは? (3ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Tetsuo Hamada

【今永が復調した理由】

――そんなドジャースに対して、8月5日(日本時間6日)の試合で勝利したのが今永昇太投手(シカゴ・カブス)。大谷選手に先頭打者ホームランを打たれながらも、5回1失点、与四球0で今季8勝目を挙げました。チームはナ・リーグ中地区2位でプレーオフ進出を目指していますが、現状をどう見ていますか?

武田 今永は昨年、左太もも裏の故障をして以来、本来のボールが投げられていなかったんです。かばいながら投げていた部分もあったと思いますし、そういう癖がついちゃったのもあるのかなと。ピッチャーは1回壊れると、そういうところがあるので。

 ただ、今永はだいぶ戻ってきています。彼がよくない時はよくホームランを打たれるんです。高めのボールで空振りを取れていたのが取れなくなって、ホームランにされていましたが、そういう場面が少なくなってきていますよね。あと、スプリットの精度も上がってきています。

――高めのフォーシームとの相乗効果で機能している?

武田 そうですね。腕がよく振れているのでバッターはフォーシームと同じ感覚で振りにいっていますが、フォーシームよりボールがこないですし、手元でちょっと沈むのでなおさら効果があるんでしょう。チェンジアップみたいな感じですね。変化が大きいわけではないのですが、低めに丁寧に投げています。高めのフォーシームでバッターの目線を上げ、同じ腕の振りでスプリットを投げるから効果的なんです。

 いずれにせよ、復調してきた一番の要因は、高めのフォーシームでまた空振りが取れるようになったこと。真っすぐがよければ、曲がり球や落ち球の精度が多少低くても抑えられるんです。今後も期待していいと思いますよ。

(中編につづく>>)

【プロフィール】

武田一浩(たけだ・かずひろ)

1965年6月22日、東京都生まれ。明大中野高を経て明治大に進み、六大学通算20勝8敗という成績で、1987年にドラフト1位で日本ハムに入団。1991年に18セーブを挙げて最優秀救援投手に輝く。その後、先発に転向して1993年には10勝をマーク。1995年オフにトレードでダイエーに移籍。1998年に13勝で最多勝のタイトルを獲得した。同オフにFA宣言をして中日に移籍し、1999年のリーグ優勝に貢献。2002年には巨人に移り、史上3人目となる全球団からの勝利を達成した。同年限りで現役を引退。2006年の第1回WBCで投手コーチを務めた。そのほか、プロ野球、メジャーリーグ中継で解説を務めるなど幅広く活躍している。現役時代の通算成績は341試合、89勝99敗31セーブ、1008奪三振、防御率3.92。

著者プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

【写真】 実力派の野球美女たち。私服・ユニフォーム姿の厳選カット集(19枚)

3 / 3

  • Googleで優先するソースとして追加

Googleの「優先ソース」について

キーワード

このページのトップに戻る