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「人のためでもあるけど自分のためでもある」 大塚晶文が語るチャリティ活動を行なう意義 (2ページ目)

  • 加藤潤●文 text by Kato Jun

 大塚さんは課題を指摘しつつも、チャリティ活動を行なう意義について、次のように強調した。

「チャリティって、人のためでもあるけど、自分のためでもある。たとえば、支援している団体の前でスピーチをしなきゃいけないことがある。僕も人前で話すのはうまいほうじゃないけど、将来、もし組織の上の立場に就くことになれば、必要な能力になる。言ってみれば、それは将来の自分になるためのトレーニングなんだ。自分の器を大きくしてくれる、そういう機会を与えてくれるんじゃないかな」

【支援活動を継続するための課題】

 奇しくも、村上雅則氏が慈善事業を始めるきっかけを作った細川護熙元首相夫人の佳代子氏も、慈善活動を長く続けるための条件として「楽しいこと、感動があること、連帯感が生まれること」を挙げている。「つまり、人のためではなく、自分のためだと納得できること」だと、大塚さんと同じ想いを抱いている。

 付け加えるなら、ある程度歳を重ねれば、誰もが「人のために動いたはずが、結果的に自分のためになっていた」という経験を持っているだろう。その時に得られるものは、自分があらかじめ思い描いていた予定調和的なものではなく、期せずして自らの器が大きくなる機会だろう。まさに、福が言う「ゼロからイチ」が生まれる瞬間である。

 クレメンテや中田翔が話したように、余裕ができてからチャリティを始めるのが一般的だろう。しかし、なかには福のように、周囲から「まだ早い」と言われても、自分の意思で行動を始める人もいる。ただし、大塚さんが指摘するように、高収入を得られる時期はいつか必ず終わる。その時にどう対応するかが、大きな課題となるだろう。

 引退後も支援活動を継続できる仕組みの構築は、今後の大きな課題だろう。しかし、その仕組みは欧米のスポーツ界ではすでに整っている。その背景には、村上氏や藤浪晋太郎が指摘するように、キリスト教が影響しているのだろうか。欧米だけでなく、東日本大震災の際、真っ先に支援を表明した朴賛浩の母国・韓国も、キリスト教が広く浸透している国である。

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