【MLB】大谷翔平が追求する科学とデータに基づくアプローチ メジャーでの成功を誓うアジア系野手のモデルケースに (2ページ目)
【ブライソン中村が語るスポーツ科学のを現場で活かす重要性】
5月6日、ロサンゼルス・ドジャース対マーリンズのマイアミでのシリーズ中に、マーリンズのダグアウトでブライソン・ナカムラ氏にインタビューを行なった。肩書は「パフォーマンス&データ・インテグレーション・ストラテジスト」。パフォーマンスとデータを結びつけ、最適な成果を引き出す役割を担う。
「私の役割は、メディカル、ストレングス&コンディショニング、バイオメカニクス、そしてスポーツサイエンスに関するさまざまなパフォーマンスデータを活用し、コーチングスタッフと連携しながらトレーニングを設計し、データを使ったフィードバックを最大化して、選手のパフォーマンス改善を支援することです」と語る。
魚雷バットで注目を集めた、元物理学者のアーロン・レーンハートも現在は中村氏の同僚だ。
「レニー(レーンハート)は純粋な物理学のバックグラウンドを持っていて、私は人間の身体におけるハイパフォーマンスの研究をしてきました。異なる視点からトレーニングや選手育成を捉え、お互いの知見や経験を共有することで、選手一人ひとりを多角的に見つめ、彼らのキャリアや可能性を最大限に引き出す方法を探っています」
ナカムラ氏は、オレゴン大学大学院で神経力学(ニューロメカニクス)の分野において博士号を取得。運動制御やパフォーマンスに関するバイオメカニクスの研究に取り組み、義足の動力化に関する研究にも携わっていたという。
一方で、プロスポーツにも関心を持ち、大学在学中にはタンパベイ・レイズでインターンを経験。スポーツサイエンスの知見を現場で生かす機会を得た。
「そのとき私をレイズに呼んでくれた方が、その後ミルウォーキー・ブルワーズに移り、スポーツサイエンスプログラムの立ち上げを任されました。私も声をかけていただき、6年間ブルワーズでスポーツサイエンス部門を率い、最後の年はストレングス&コンディショニングの責任者も兼ねました。その後はスタンフォード大学に移り、医学校の整形外科部門に所属しながら、研究支援と並行して、大学野球部にデータを提供する役割も担っていました。そして今年、マイアミ・マーリンズがデータ主導の方針を打ち出すなかで、私のバックグラウンドや経験が生かせるということで、採用されました」
レイズ、ブルワーズはいずれも予算規模は大きくないが、近年安定した成績を残しているチームであり、データと育成に重きを置いたアプローチが共通している。
データを賢く活用すれば、アジアの選手がMLBで野手として成功する確率も上がるのだろうか。
「その可能性は十分にあると思います。ただし、私たちが選手にデータについて教える際に強調しているのは、データがあること自体が重要なのではなく、どう活用するかが重要だということです。どんなツールも、使い方次第で正しい結果にも間違った結果にもなり得ます。
ですので、データをただ収集するのではなく、それを分かりやすく整理し、選手自身が自分の身体や動き、トレーニング方法を理解できるよう支援することが大切です。私たちの役割は、データの教師であり、情報のメンターとして、選手がキャリアにおいて最善の決断を下せるよう導いていくことだと考えています」。
【バレルの知見を好打に生かすもうひとりの韓国人・李】
スタンフォード大学といえば、現在1年生としてプレーしている佐々木麟太郎の存在が注目されている。
「私はリクルートには関与していませんが、彼が昨年4月に早期入学でスタンフォード大学に来たため、数カ月間、一緒に関わることができました。スタンフォード大学のコーチ陣は、トレーニング環境やデータの活用に非常に熱心で、選手育成に強い情熱を持っています。麟太郎選手の強みと課題を理解し、彼を成長させるための体制が整っていると思います。高校から大学、そしてプロへと進むにつれて、当然ながら求められるレベルは上がっていきます。麟太郎選手もその挑戦を受け入れ、前向きに戦っている。スタンフォード大学の分析力と高い競争環境は、彼の成長を加速させるはずです」と中村氏は語った。
かつて、野球は「経験者の知恵」が最も重視されるスポーツだった。しかし今では、科学的アプローチが強く求められるようになってきている。これから野球はどのようなスポーツへと進化していくのだろうか。中村氏は、次のように説明した。
「歴史的に見れば、野球は伝統を重んじ、経験と知恵に基づいたスポーツでした。その価値は今後も失われてほしくないと私は思っています。データは万能ではありませんし、すべてを教えてくれるわけでもありません。むしろ、経験と知識によって初めて補完され、生きるものです。私たちが目指しているのは、データの強みと限界、そして経験や知識の強みと限界を理解したうえで、それらをうまく組み合わせ、選手を最も効果的に育成することです」
今季、大谷と金だけでなく、今季はほかのアジア系野手たちもMLBの舞台で存在感を放っている。4年目を迎えたカブスの鈴木誠也は、優勝を狙うチームのなかで主軸打者として長打力の向上を求められてきた。今年は長打率が5割台に乗り、ホームランは9本でリーグトップと3本差、31打点はリーグ7位と好成績を残している。
ジャイアンツの李政厚(イ・ジョンフ、26歳)も好スタートを切り、ベテランのマット・チャップマンとともに打線をけん引している。ここまで38試合に出場し、打率.293、出塁率.344、長打率.476といずれも安定した数字を記録。メジャー2年目にして長打力が向上しており、4月13日にはヤンキースタジアムで1試合2本塁打を放った。
「今季は、バレルで捉えた打球が左中間や右中間、いわゆるギャップに飛んでいる。それが昨年との違いです。大事なのはバレルです」と語っている。李はMLBの投手が積極的にストライクゾーンに投げ込んでくる傾向に気づき、それに対抗するため、自らも初球から積極的にスイングしていくスタイルに変更した。もともと非常に高いコンタクト能力を持つため、多少空振りが増えても、バレルで芯を捉える打球が増えれば自然と好結果につながる。
今、大谷はヤンキースのアーロン・ジャッジと並んでMLBの野手として頂点に立つ存在となっている。はたして近い将来、オールスターゲームに複数のアジア系ポジションプレーヤーが選出され、躍動する日が訪れるだろうか。
著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。
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