2019.03.20

イチロー、日米通算4368安打へ。
「次の1本への執念」は変わらない

  • 小西慶三●文 text by Konishi Keizo
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 1992年7月12日にプロ初安打を記録してから、イチローはこれまで日米通算4367本の安打を積み重ねてきた。それはどんな状況でも変わることなく準備を続けてきた証でもあるが、なぜこれほど愚直に「次の1本」を追い続けることができたのか。イチローのプロ初安打に立ち会い、今もアメリカで取材を続ける小西慶三氏が2013年12月にweb Sportivaで掲載した記事をあらためて読み返してみたい。

オープン戦から不振が続くイチローだが、アスレチックとの開幕戦でヒットは出るのか?

前編はこちらから>>

メモリアルヒットで綴るイチロー(後編)

【2003年5月16日@コメリカ・パーク】

 試合後の囲み取材でイチローは最後まで仏頂面だった。チームは快勝し、自らはこの日2本目のヒットとなるライト線二塁打でメジャー通算500本目を刻んでいた。詳細な資料が現存せず、354試合目での到達は史上最速かどうか確認できないままだったが、それが記録的なスピードで達成されたのは間違いない。

 それでも彼は、「ひと区切りの数字ではないです。とくに(感想は)ない」とまるで取りつくシマがない。素っ気ない主役と呆気にとられたような報道陣のコントラスト。消化不良ムードのまま短いインタビューは終了した。

 最後まで固い表情には理由があった。「いつでも難しいことに変わりがない」はずの1安打の価値が軽んじられている。釈然としない気持ちが、彼を頑(かたく)なにさせていた。

 この前年、1994年のオリックス時代から続いていた連続首位打者が「8」で途切れた。直後のシーズンオフ、イチローは某大手全国紙のインタビューで「なぜ首位打者を獲れなかったのか?」というニュアンスの質問を受けていた。

2002年の208安打はア・リーグ最多に1本足りない2位、27敬遠はリーグ最多だった。リーグMVPを獲得した2001年に30個だった四球数は68に倍増。新人からの連続200安打以上はメジャー史上7人目だったが、周囲はなぜトップに立てなかったかにフォーカスした。少なくとも彼は、当時の日本国内の反応をマイナスなものとして受け取り、敏感に反応した。