2019.03.19

イチローの日米通算1本目を取材した
記者が見た「超一流プロの流儀」

  • 小西慶三●文 text by Konishi Keizo
  • photo by Getty Images

 共同通信社の記者としてイチローのプロ初安打に立ち会い、1994年から2年間オリックスを担当したのを機に、その動向を追い続けてきた小西慶三氏。イチロー渡米後も取材を続けるなど、誰よりもイチローを見てきた。

 そんな氏が、2013年12月にweb Sportivaで「メモリアルヒットで綴るイチローの22年」と題し、プロ初安打から日米通算4000本安打を達成するまでのなかでとくに印象に残ったシーンを執筆した。今回、シアトル・マリナーズの一員として7年ぶり凱旋を果たしたのを機に、あらためてイチローの偉大さを胸に刻みたい。

シアトル・マリナーズの一員として7年ぶりに凱旋を果たしたイチローメモリアルヒットで綴るイチロー(前編)

 イチローは節目、節目でインパクト十分のコメントを残してきた。
「何回やっても強い自分にはなれない。むしろ弱さしか見えてこない」としみじみ語ったのは、6年連続200安打を成し遂げた2006年9月16日(現地時間)のロイヤルズ戦だった。

 日米通算3000安打に届いた2008年7月30日のレンジャーズ戦では、「もっと早くメジャー入りしていればもっと多くのヒットが打てたのでは?」との問いに、「日本でのヒット、凡打の中には僕の技術を磨いてくれたものもある。僕は日本で養われた技術で(米国で)ヒットを打っている」ときっぱり返した。

 2012年6月17日、不振のため先発オーダーから外れ、その翌日にメジャー通算2500安打。当時、通算1817試合での大台到達はメジャー史上4番目の速さだったが、「今まで打ってきた2400と何本かのヒットが、今日のゲームでは何の役にも立たない」と悔しさまじりに語った。

 しかし、過去数々のコメントでもとくに強い印象が残るのは、1999年4月20日の日本ハム戦でプロ通算1000本目を決めた時のものだろう。

「打てば打つほど、わかってくればくるほどバッティングは難しくなる」