「生きる伝説」デレク・ジーターのラストシーズンを見逃すな! (2ページ目)

  • 福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu photo by AFLO

 また、勝利への貪欲さも、ジーターを語る上で欠かせない魅力のひとつでしょう。すでに5回も世界一に輝いていますが、「(1950年代に活躍した名捕手の)ヨギ・ベラは10個もチャンピオンリングを持っている。僕はまだそれに追いついていない」と、勝利への飽くなき欲求を語っています。またジーターは、個人成績についてコメントしたことが過去20年間でほとんどありません。何よりもチームの勝利を最優先する姿勢を貫いているのです。このような熱いハートを持つキャプテンだからこそ、個性の強い他のヤンキースの選手もジーターの言葉に耳を傾けるのでしょう。

 ジーターの長い野球人生で名場面を挙げればキリがないのですが、その中でも有名なものをいくつか紹介したいと思います。まず、ジーターの名場面ランキング第1位に挙げられるのは、間違いなく2001年にオークランド・アスレチックスとのディビジョンシリーズ第3戦でジーターが魅せた、「フリッププレイ」でしょう。第1戦、第2戦と連敗し、敵地に乗り込んでの第3戦――。ヤンキースが1点リードで迎えた7回ツーアウト1塁の場面、先発のマイク・ムッシーナがライト線への長打を浴びます。すかさず右翼のシェーン・スペンサーがバックホームするも、悪送球となってボールは本塁の数メートル手前で転々......。誰もが同点になると思いました。しかしその瞬間、なんとジーターがボールに反応し、バックハンドトスでキャッチャーのホルヘ・ポサダにパスしてランナーをアウトにしたのです。その結果、第3戦は1-0で勝利し、その後も勢いに乗ってアスレチックスを下してチャンピオンシリーズ進出を果たしました。このシーンは、メジャー球史に残る名場面として今も語り継がれています。

 また、2001年のアリゾナ・ダイヤモンドバックスとのワールドシリーズ第4戦も、忘れられない名シーンのひとつでしょう。例年は10月中に全日程を終えるメジャーリーグですが、2001年は9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の影響で、10月31日にワールドシリーズ第4戦が行なわれることになりました。その試合は9回裏にヤンキースが同点に追い付いて延長戦となり、10回裏、ジーターに打席が回って来たときには、日付が11月1日に変わっていました。そんな緊張高まる場面で、ジーターが自身初となるサヨナラホームランを放ったのです。この劇的な活躍により、ジーターは「ミスター・ノーベンバー(11月男)」と呼ばれるようになりました。もちろん、毎年10月に行なわれるワールドシリーズで、かつて大活躍したレジー・ジャクソンの愛称「ミスター・オクトーバー(10月男)」にあやかっての称号です。11月にワールドシリーズが開催されることは今後ないと思いますので、この称号はジーターだけのものになるでしょう。

 そしてもうひとつ、私自身が現地で観た思い出の名シーンも紹介したいと思います。2004年7月1日、本拠地ヤンキースタジアムに宿敵ボストン・レッドソックスを迎えた首位攻防戦で、ジーターが奇跡的なファインプレイを披露してくれたのです。延長12回表、ツーアウト2塁、3塁の場面で、相手バッターのトロット・ニクソンという選手が3塁線後方にフライを打ち上げました。ランナーは全員走り出していたので、ポテンヒットになれば二者生還するシーンです。しかし、ジーターは最短距離で落下点に達してボールをキャッチ。そのまま3塁側のスタンドに飛び込んでいきました。観客席に頭からダイブしたジーターは顔面を負傷し、血まみれとなって病院に直行。その勇気ある全力プレイを、観客はスタンディングオベーションで讃えました。

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