2012.08.23

【MLB】野茂英雄のライバル。
今年引退するチッパー・ジョーンズを振り返る

  • 福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu
  • photo by Getty Images

デレク・ジーター(左)と談笑するチッパー・ジョーンズ(右)。将来の殿堂入り間違いなしのツーショット アトランタ・ブレーブス一筋、19年――。メジャーを代表するスイッチヒッター、チッパー・ジョーンズが今シーズンを最後に引退します。レギュラーシーズンも残り40試合ほど。彼の勇姿も今年で見納めとなりますので、今回はチッパーの残してきた偉大な功績について振り返りたいと思います。

 ご存知の方も多いかと思いますが、『チッパー』というのは愛称で、本名はラリー・ウェイン・ジョーンズ・ジュニアといいます。生まれたばかりの彼が父親にそっくりだったので、「A chip off the old block(親にそっくりな男の子)」という言葉から、『チッパー』と呼ばれるようになりました。大学で野球を教えていた父親の影響でバットを握り、右打席でも左打席でも打てるようになったのは、5歳のとき。この瞬間、メジャー史に残る偉大なスイッチヒッターが誕生したのです。

 高校時代から名を馳せたチッパーは、1990年のドラフト全体1位でブレーブスに入団しました。そして3年後の1993年9月、球団の期待を一身に背負ってメジャーデビュー。しかし1994年開幕前、左ひざのじん帯を損傷する重傷を負い、1年を棒に振ってしまいます。よって迎えた1995年は、チッパーにとって2年越しで掴んだ待望のシーズンだったのです。

 1995年といえば、やはり思い出されるのは、野茂英雄投手(当時ロサンゼルス・ドジャース)のメジャーデビューでしょう。野茂投手と新人王を争ったライバルのひとりがチッパーだったので、当時のプレイを覚えている人も多いかと思います。1995年、チッパーは開幕から3番サードでレギュラーとなり、メジャー新人2位の23本塁打、そして新人トップの86打点をマーク。ナ・リーグ新人王投票では野茂投手に敗れて2位となりましたが、全米中にトルネード旋風が巻き起こったシーズンだったので、本人も「新人王は獲れない」と思っていたようです。