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【独立リーグ】「たった1球でNPBの器だとわかった」 BC茨城・三浦遼大、最速155キロ右腕の正体 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

【指名漏れから始まった勝負の1年】

 今季は背水の陣を敷いていた。昨年のドラフトでは2球団から調査書が届いたものの、あえなく指名漏れ。その翌日、三浦は意を決して親にこう申し出ている。

「来年は絶対にプロ(NPB)に行くから、借金でもいいからお金を使わせてもらいたい」

 なぜお金が必要だったかといえば、野球のパーソナル指導を行なうDIMENSIONING(ディメンショニング)に通うためだ。NPB選手を数多く指導する代表の北川雄介氏から、三浦も以前に指導を受けたことがあり、その手腕を信頼していた。

「ディメンショニングでは自分のボールやフィジカルの数値が出て、すごく参考になるんです。プロ(NPB)の選手が練習していることも多いので、そこで感覚を教えてもらうこともありました。自分は変化球が課題だったので、決め球のスプリットを磨くために通わせてもらうことにしました」

 シーズンオフには、3度にわたってディメンショニングに通った。費用がかさむたび、親への感謝の念が募った。こうした背景もあり、三浦は「今までとは覚悟が違います」と力説した。

 三浦の武器は、球威のあるストレートだけではない。ロッテ戦では「カウント的に投げる機会がなかった」というスプリットも、精度が増している。また、120キロ台で大きく縦に割れるパワーカーブもあり、打者の目線を変えられる。今季はBCリーグで29回1/3を投げ、43奪三振をマークしている。

【大学より独立リーグを選んだ理由】

 青森山田では背番号1をつけていたが、外野手兼任。1学年下には関浩一郎(亜細亜大)や櫻田朔(法政大)がいた。高校3年時にプロ志望届を提出したものの、調査書は1球団止まりで指名漏れ。大学からの誘いもあったが、三浦は保証のない厳しい世界へと足を踏み入れた。

「大学に進学したら、プロ(NPB)には4年後しか行けません。少しでも早く行きたいと思ってBCリーグに来たので、3年目の今年が勝負だと考えています。3年間で今が一番、覚悟を持って取り組めていると思います」

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