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【夏の甲子園2026】「よくやった」で終わらせていいのか? "野球王国・愛媛"が5年連続初戦敗退... 人材はいるのになぜ勝てない (2ページ目)

  • 元永知宏●文 text by Tomohiro Motonaga

 1996年夏に松山商を率いて日本一に輝いた澤田は、その年の春の選抜では初戦敗退を喫している。敗戦後、バスに乗り込んだ選手たちは、思い詰めた表情を浮かべる澤田を見て震え上がったという。「夏までの100日あまり、いったいどれほど厳しい練習になるんやろう」と。

 かつての愛媛には、本気で日本一を狙う高校があり、その牙城を崩そうと闘志を燃やすライバル校があった。松山商と今治西、松山商と新田、そして済美と宇和島東など、時代ごとにしのぎを削るライバル関係があった。

 しかし、ここ10年の愛媛代表を見ると、2年連続出場を果たしたのは済美(2017、2018年)だけ。それ以外は毎年のように異なる高校が甲子園の土を踏んでいる。同じ学校のなかで、全国レベルの経験や、そこで味わった敗北の教訓が次の世代へと受け継がれにくくなっているのだ。

 済美を率いて甲子園で6勝を挙げた中矢太監督は高校野球の現場を離れ、帝京第五を2度の甲子園出場に導いた小林昭則監督も、香川の蓬莱高校へと移った。全国を知る指導者が、愛媛の高校野球界から相次いで姿を消していることも要因のひとつかもしれない。

【鳴門渦潮の1勝が示した復活への道】

 低反発の新基準バットが導入されたのは2024年3月。地方大会でも甲子園でも本塁打が激減し、打球が飛ばなくなったことで、高校野球そのものが変わるとも言われた。堅い守りをベースに、機動力や小技を駆使する伝統的なスタイルで勝利を重ねてきた愛媛勢にとっては、復活への追い風になるのではないか──。そんな期待もあった。しかし、現実には甲子園で勝負どころをものにできず、黒星を重ねている。

 また、愛媛の有望な中学生が県外へ流出していることを、勝てない理由に挙げる野球関係者は多い。だが、櫻井頼之介(聖カタリナ→東北福祉大→中日)、河内康介(聖カタリナ→オリックス)、有馬惠叶(聖カタリナ→中日)、矢野泰二郎(済美→愛媛マンダリンパイレーツ→ヤクルト)、宇都宮葵星(松山工→愛媛マンダリンパイレーツ→巨人)など、愛媛県内の高校からプロ野球へ進む選手は相次いでいる。少なくとも、「愛媛に人材がいない」のひと言で片づけられる状況ではない。

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