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【高校野球】創部10年目の甲子園初出場がすべてを変えた 健大高崎・青栁監督が語る「機動破壊」はこうして生まれた (3ページ目)

  • 内田勝治●文 text by Katsuharu Uchida

夏の甲子園初制覇に挑む健大高崎の選手たち photo by Katsuharu Uchida夏の甲子園初制覇に挑む健大高崎の選手たち photo by Katsuharu Uchidaこの記事に関連する写真を見る その過程で、「怒鳴ってやらせる」指導から、サラリーマン時代に理想とした「一歩引いて見守る」方針へとシフトチェンジ。チームはようやくこの3、4年で、青栁監督が思い描いた「理想のチーム」へと変貌を遂げた。

 監督やコーチがグラウンドにいなくとも、誰ひとりとして手を抜くことはない。自らが考えて課題に取り組む。その不断の努力が、2024年の選抜制覇と、前橋育英の壁を突破しての9年ぶり夏の甲子園出場という成果につながった。

「一応、練習前にコーチと選手たちでメニューを考えるのですが、やらされているという認識はないと思います。練習を止めて怒ることもありませんし、練習時間も短くし、あとは選手たちに任せるという方針でやっています」

【視線の先は夏の甲子園制覇】

 悲願の日本一を達成した今も、青栁監督の視線は次の未来を見つめている。2002年の創部から10年で甲子園出場を果たし、20年で常連校となり、選抜を制することができた。30年計画の最終章は、「夏の甲子園制覇」にほかならない。

「たしかに選抜では結果が出ていますが、夏を勝ち抜くには、まだまだエネルギーが足りません。理想は選抜に行って、夏も優勝できるという、そんな夏型のチームを目指したいなと思っています」

 現代の高校野球は、ひとりの絶対的なエースが完投して勝ち上がれる時代ではない。球数制限やタイブレーク制、DH制の導入など、環境が目まぐるしく変化している。

「夏を勝つためには、4人ぐらいの実力ある投手を揃え、緻密に回していく継投策が不可欠です。どんなに苦しい展開になっても、決してあきらめずに粘り強く勝ち抜けるチームをもう一度つくっていきたいですね」

 かつて、ボール2ダースとバット3本から始まった弱小チームは、全国から有望な中学生がこぞって集まるようになるなど、羨望の眼差しを向けられる存在となった。その原点は、間違いなく2011年夏の甲子園初出場にあると青?監督は断言する。

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