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怪童、浅野翔吾(高松商)が清原和博の高校本塁打記録にあと1本。「プロでスイッチヒッターも」とスカウト大注目 (2ページ目)

  • 寺下友徳●取材・文 text by Terashita Tomonori
  • photo by Terashita Tomonori

イチローから学んだこと

「イチロー流とは? 常に"全力"の中で、形を作る!」

 高松商グラウンドの一塁側ベンチ奥にあるホワイトボードには、練習メニューやスローガンとともに、そんな文字がある。昨年12月、高松商へ特別指導に訪れたイチロー氏の言葉である。

「例えば、キャッチボール一つとっても、それまでの自分はテキトーにやっていた部分がありましたが、最初から全力で投げることを学びました」

 イチローの指導をそう振り返る浅野。取材を通じても、その後の彼は明らかに言動が変わったと感じられた。

 まだ春先の負傷が完全には回復していなかったある日の練習。最後のメニューは15分間走だった。本来であれば回避してもいいメニューだが、彼は言い切った。「やります」。主将として自分のコンディションでできる全力を体現することで、「フォア・ザ・チーム」の精神を植えつけようとしたのだ。

 浅野は、中学3年時には侍ジャパンU-15代表に選出され、「BFA U15アジア選手権」を制覇。県内外の強豪校からオファーがあったなかで地元の高松商を選択した。その大きな理由として、長尾健司監督の「自分たちの自主性を尊重してくれる」(浅野)という方針があった。そして主将として、長尾監督が掲げる「自走する集団」の作り方も理解し始めていった。

 そんな浅野をサポートする輪もチーム内に自然にひろがっていった。香川大会で3番・二塁手を務める渡邊升翔(3年)はこんな話を明かしてくれた。

「浅野は上級生がいるなかで1年夏からレギュラー。素直にすごいと感じたし、彼についていこうと思いました。逆に言えば、だからこそ『浅野だけに頼ってはいけない』とは3年生の間で話しています」

 迎えた最後の夏。初戦の2回戦・坂出戦こそ先頭打者アーチでド派手な活躍を見せた浅野だったが、その後、藤井との3回戦、坂出商との準々決勝は勝負を避けられる場面もあり3試合で8打数3安打3打点。だが5割を超えるチーム打率で周囲が奮起し、丸亀との準決勝へ駒を進める。

 そして......、ついに大器が目覚めた。

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