2019.08.08

「甲子園トリビア」球場名の由来は干支。
古くからのゲン担ぎで決定

  • いとうやまね●文 text by Ito Yamane
  • photo by kyodo news

スポルティーバ・トリビア vol.3【甲子園編】

 阪神甲子園球場の「甲子」とは「干支(えと)」のひとつである。よく干支を聞かれて、ねずみ年とか辰年と答えるが、じつはそれらは「十二支」である。はじめに干支について少し説明が必要だ。

「甲子の年」に完成した甲子園球場 古来中国には「十干(じっかん)」という10進法と、「十二支(じゅうにし)」という12進法の概念があった。西洋数字がない時代で、数に該当する部分に漢字があてられている。「甲・乙・丙~」というのが十干で、1から10のこと。植物の成長状態を漢字で表わしている。十二支は年賀状でお馴染みの「子(ね)・丑(うし)・寅(とら)~」。天文学から考え出されたもので、1から12を意味する。

 この十干と十二支の漢字を組み合わせると60通りになる。要は10と12の最小公倍数で、60年をワンサイクルにする概念が生まれたのだ。還暦が60年というのもここから来ている。この方法で年号を表すと「戊辰」「壬申」「丙午」と言った具合になる。

 ここでやっと「甲子」の登場。甲子園球場が完成した1924年は、「甲子の年」に当たる。甲と子は10進法でも12進法でもはじめの数字(文字)で、昔からたいへん良い年と信じられている。このあたりは陰陽五行説なども影響していて、何はともあれ縁起がいいということで「甲子園」と命名されたのだ。

 ところで「甲子の年」って、特別にいいことがあったのだろうか? ちょっと調べてみると、784年長岡京遷都。904年唐が洛陽に遷都。1324年マルコ・ポーロ死去。1564年ガリレオ・ガリレイ誕生。1744年フランツ1世が神聖ローマ皇帝に即位。1804年ナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝に。1864年池田屋事件。……いいことも悪いこともあるみたいだが、どうなんでしょう?

 1924年第1回冬季五輪のシャモニーオリンピック。この年の第10回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)の優勝校は、広島県立広島商業高等学校だ。1984年UEFAユーロ(サッカー欧州選手権)で地元開催のフランスが優勝。コアラが日本に初上陸。ロサンゼルス五輪で柔道山下泰裕(現JOC会長)が金メダルを獲得。この年の夏の甲子園は、茨城県立取手第二高等学校が優勝した。

 次の「甲子の年」は2044年。記念すべき夏の甲子園の覇者はどこだろうか?

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