2019.06.15

元ドラ1の前イタ飯シェフが指導。
福井工大1年が全国で圧巻投球を披露

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 東京の「自由が丘」といえば、誰もが聞いたことがある人気スポットで、その駅のすぐ近くに一軒のイタリアンレストランがあった。

 知人に連れられて行ったのが最初だったが、そこのオーナーシェフが”野球人”で、しかもかつてドラフト1位でプロの世界に進んだと聞いて、恐縮しながら入ったのを覚えている。だが、スラリとした細身の体、穏やかな語り口は、とても元プロ野球選手には思えなかった。

 オーナーシェフの名は水尾嘉孝――福井工業大学の本格派サウスポーとして鳴らし、1990年のドラフトで横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)から1位で指名され入団した。

上武大戦で好投した福井工業大の1年右腕・立石健 横浜大洋時代は3年間で20試合の登板に終わったが、移籍したオリックスでは1997年に68試合、翌年も55試合に登板するなど、中継ぎとして活躍。2001年からは3年間、西武でもプレーした。

 しなやかな腕の振りから140キロ台中盤のストレートにスライダー、チェンジアップを投げまくったその手で、前菜を鮮やかに皿に盛りつけ、トロトロになるまでビーフを煮込み、濃厚なトマトソースのパスタを和える……その”ギャップ”で余計に美味しく感じた。

 その水尾シェフが店を閉め、母校の福井工業大学の野球部の指導に専念すると聞き、驚きよりも「ああ、やっぱりなぁ……」と思ったものだ。

 なぜなら、野球関係者と店に行った時、ひと通り料理を出し終えると調理場から出てきて、私たちの”野球談義”をやや離れたところから聞いている。それも、ただ聞いているのではなく、いつその話に加わってやろうかと、その頃合を見計らっている様子が見え見えで、いったん参戦するや、穏やかさのなかにも熱を帯び、身ぶり手ぶり、野球話が止まらない。

 店にうかがうたびにそんな感じで、食事の後半はいつも”水尾嘉孝野球教室”状態になっていた。