2019.04.24

センバツ優勝の東邦に完投勝利。
中部大一の謎の剛腕は控えめ男子だった

  • 菊地高弘●文・写真 text&photo by Kikuchi Takahiro

 バックネット裏スタンドに微妙な空気が広がった。ある観客は「ナメとんな」と憤り、またある野球関係者は「センスがある証拠ですよ」と称賛した。

 4月21日の春季愛知県大会2回戦・中部大一対西尾東(熱田愛知時計120スタジアム)。5回途中からマウンドに上がった中部大一の磯貝和賢(かずよし)は、明らかに力をセーブして投球していた。

東邦相手に1失点完投勝利を収めた中部大一の磯貝和賢 イニング間の投球練習からして、軽いキャッチボールの延長のよう。打者がバッターボックスに入っても、ランナーがいなければ体を緩ませてカーブで打たせて取ろうと試みる。得点圏までランナーが進むとフォームの強度を上げ、際どいコースに力強いストレートや変化球を投げ込み、ピンチを切り抜ける。そうやってスコアボードに「0」を重ねていった。試合は6対1で中部大一が快勝。昨夏の東愛知大会で準優勝に輝くなど、上位進出常連校になった西尾東を下した。

 昨夏は吉田輝星(金足農→日本ハム)の「ギアチェンジ投法」が話題になったが、磯貝の「省エネ」ぶりはその比ではないほど落差が激しい。

 身長184センチ、体重86キロの立派な体躯に、気の強そうな顔つき。最高球速は143キロだという。いかつい風貌の剛腕が人を食ったような投球をしていれば、「ナメとる」と思ってしまう心境も理解できる。

 だが、それは大きな誤解である。なぜそんな不幸な誤解が生まれたかといえば、原因は磯貝の実戦経験の少なさにある。

 この前日、磯貝は大仕事をやってのけていた。17日前に選抜高校野球大会(センバツ)で優勝を飾ったばかりの東邦を相手に、1失点完投。大金星を挙げたのだ。

「東邦、敗れる」というセンセーショナルな情報が駆け巡った一方で、抑えた磯貝がどんな投手かはあまり広く伝わらなかった。だが、もっと驚かれていいことだと思う。なにしろ磯貝にとって、この東邦戦が初めて9イニングを投げ切った試合だったのだから。

「これまで投げても1イニングばかりで、最高でも6イニングとか。東邦戦は練習試合を含めても初めて9回を投げたので、だいぶ疲れました。全力じゃないと抑えられない相手ですから、ほぼMAXで投げました」