2018.11.08

阪神・福留の野次にも負けず。
クラブチームの大和高田がジャイキリ達成

  • 楊順行●文 text by Yo Nobuyuki
  • photo by Kyodo News

「試合途中で、(福留)孝介に『ちゃんと指導しとんかい?』と野次られましたが、終わってみれば会心のゲームでした」

 大和高田クラブの佐々木恭介監督は、そう笑う。

 社会人野球の日本選手権。全日本クラブ選手権覇者として出場3回目の大和高田クラブが、1-0でJR四国を破り、2009年以来となる白星を挙げた。

2009年の日本選手権でベスト8に進出した大和高田クラブ JR四国の先発左腕・岡田律のチェンジアップに、6回まで1安打と苦しめられる。この日京セラドームには、佐々木監督がプロ野球・中日のコーチ時代から親交のあった福留孝介(現・阪神)が応援に訪れており、スタンドから手厳しい激励を受けたのはこの間だ。

 大和高田も新人左腕・松林勇志が無失点と踏ん張り、0-0の7回裏。大和高田は4番・廣井亮介のヒットと、村上直也の二塁打で先制し、8回以降は小刻みな投手リレーでJR四国の反撃を防戦。クラブチームでありながら、企業チームを倒すジャイアントキリングを遂げたわけだ。佐々木監督は言う。

「今日は大和ガスの社員や地域の人たち、5000人近くが応援に来てくれた。恩返しができたと思います」

 ある年代以上の野球好きにとっては、佐々木恭介という名前はなじみがあるだろう。社会人野球の新日鐵広畑から1972年、当時の近鉄バファローズ(現・オリックス)に入団し、78年には首位打者を獲得した外野手だ。79年、広島との日本シリーズでは、あの『江夏の21球』というドラマで、主要な登場人物となっている。9699年には近鉄の監督。2015年に大和高田クラブの副部長、翌16年から監督となった。

 今季のクラブ選手権で自身初優勝を果たし(チームは4回目)、かつて近鉄が本拠地としていた京セラドームへの”里帰り”が実現したわけだ。

「就任当初は、大変だったですよ」

 大会前のある日。大和高田のグラウンドを訪ねると、佐々木監督はそう切り出した。社会人からプロでプレーし、指導者としてもプロ、大学、女子プロとさまざまな水準を経験した。その目から見て、クラブ野球のレベルはどう映ったのか、という質問に対してだ。