2017.08.30

広陵・中村奨成も届かなかった最高打率。
29年前の達成者が語る心情

  • 加来慶祐●文 text by Kaku Keisuke
  • 岡沢克郎●写真 photo by Okazawa Katsuro

 古閑憲生(こが・のりお)は、群馬から新潟に移動する車内のラジオで成り行きを見守っていた。

 この夏、甲子園を席巻した広陵(広島)・中村奨成の決勝戦。初回にレフト線二塁打を放ち迎えた3回の第2打席で、中村は花咲徳栄(埼玉)の先発・綱脇彗(つなわき・すい)のスライダーにバットが空を切り、今大会自身初の三振を喫してしまった。

 古閑と同行していた上司は「これでお前の記録が破られることはないな」と冷やかす。日頃、自身が持つ記録に対して無頓着な古閑も、このときばかりはさすがに心穏やかというわけにはいかなかった。

1988年夏の甲子園で個人最高打率の記録を樹立した津久見の古閑憲生 それにしても、この夏の甲子園で中村の打棒はすごかった。来年夏の選手権大会のガイドブックに掲載される個人打撃記録の欄は「中村奨成」の名前で占められることになった。

 今大会、中村は6本塁打を放ち”不滅”と言われていた清原和博(PL学園)の記録を打ち破り、打点(17)、塁打(43)でも新記録を樹立した。そのほか、二塁打(6)、安打数(19)も大会タイ記録となり、個人打撃5部門でトップとなった。これにより99回を数える夏の甲子園史上最高の”打撃王”となったわけだ。

 しかし、その中村でさえも打破できなかった記録がある。それが大会個人最高打率(.727)だ。そしてその記録保持者こそが、達成当時、津久見(大分)の3年生だった古閑である。

 中村は準決勝を終えた時点で23打数16安打、打率.696。決勝で3打数3安打、もしくは4打数4安打を放てば記録は塗り替えられたのだが、5打数3安打に終わり新記録達成はならなかった。