【新車のツボ25】
シトロエンC5 試乗レポート

  • 佐野弘宗+Sano Hiromune+●取材・文・写真 text&photo by

 クルマの乗り心地の良さをあらわす専門用語に"フラットな乗り心地"というのがある。ビミョーに意味不明な表現ともいえるが、スキーのモーグル競技を思い出すといい。コブ斜面を高速で滑る下半身は凸凹に吸いつくように激しく上下しているのに、上半身はピタリと微動だにしないアレ......が、クルマにとっても理想の"フラットな乗り心地"だ。

 ただ、モーグルは目と意思を持つ人間だからできることであって、それを機械にやらせるのはハードルが高い。最新のセンサーやコンピュータ技術によっても、路面を完璧に先読みして自分から能動的に動くアシ(=完全なアクティブサスペンション)を成功させた市販車はまだ1台もないのだ。

 しかし、そんなセンサーもコンピュータもない1950年代に「まるで生きているようなサスペンション」と評されたクルマがあった。フランスのシトロエンが出した"DS"である。

 シトロエンDSは、オイルと空気を絶妙に組み合わせた回路を複雑にはりめぐらせた"ハイドロニューマチック"という独創的なサスペンション機構をもっていた。それは本来のアクティブサスペンションとはちがうが、乗車人数や荷物の大小をとわずクルマの姿勢はいつも一定、フワーッと路面から浮遊した豪華客船のごとき乗り心地が世界に衝撃を与えた。そんなDSを理想のクルマとして大切に乗り続けるマニアもいまだに多い。

 そんな伝統のハイドロニューマチックを受け継ぐシトロエンで、いま日本で買えるのは1台しかない。シトロエンC5である。

 ハイドロニューマチックも登場から50年以上の歴史を経て、C5のそれは正確には最新進化型の"ハイドラクティブIII"という。今ではちょっとしたコンピュータ制御も入って、柔らかめの"オート"と硬めの"スポーツ"の2種類のモードを好みで選べる。空気とオイルが一体の構造もいまだ健在だが、最近は金属バネのかわりに空気を使うエアサスや、路面状況に応じて効きを変化させる電子制御ダンパーもあるから、もはやシトロエンだけが飛び抜けてハイテクというわけではない。

 それでもやっぱり、50年以上の経験はダテではない。「どういう乗り心地が、ヒトは快適でフラットと感じるか?」という人間の感覚や心理のツボの奥底を突くサジ加減が、シトロエンは絶妙すぎるくらいにうまいのだ。

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