【箱根駅伝2026】青山学院大「黒田朝日の衝撃走」への布石は飯田翔大が「花の2区」で打っていた (3ページ目)
【心の準備はできていた】
2区を言い渡されたのは2〜3週間前だったが、自身のなかではすでにその心づもりはできていた。「急に言われて焦る気持ちはあまりなかった」と飯田は言いきる。
想定外だったのは、1区の小河原の走りだった。本来1区を予定していた荒巻朋熙(4年)が直前に胃腸炎になり、4区予定の小河原が急遽コンバートされた。それでも「小河原は調子がよかったので、区間賞近くで来るかなと思っていた」と飯田は言う。ところが、第2集団でレースを進めていた小河原は15kmを前に遅れをとってしまう。
飯田が小河原からタスキを受け取ったのは、先頭から1分19秒差の16位だった。
「想定より大きく遅れてきて、難しいレースになった」。それでも、飯田は落ち着いていた。難所の権太坂まではペースを抑えて走りつつも着実に順位を上げ、目安にしていた権太坂を越えると一気にペースアップした。そして、区間10位ながら、設定タイムだった1時間07分00秒〜30秒を大きく上回る1時間06分29秒で走りきり、5つ順位を上げる活躍を見せた。権太坂の定点(15.2km)から戸塚中継所までの約8kmは、区間賞のヴィクター・キムタイ(城西大4年)に次いで、全21人中2番目の速さだった。
1区で出遅れながらも、飯田が悪い流れにはまることなく走りきったのは大きかった。今回は"しのぐ"2区になったかもしれないが、飯田が踏ん張ったからこそ、5区での逆転劇が生まれたと見ることもできるだろう。
今回の箱根駅伝で原監督は『輝け大作戦』を発令したが、10月の出雲駅伝には『ばけばけ大作戦』を掲げて臨んだ。
この作戦名は、島根県を舞台とした連続テレビ小説『ばけばけ』にちなんだものだったが、飯田や折田ら若い力が「どう化けるかを期待していた」うえで命名した作戦でもあった。
今回の箱根駅伝では、2区の飯田だけでなく、6区の石川浩輝(1年)と7区の佐藤愛斗(2年)が区間3位、アンカーの折田が区間2位と、次代を担う若い戦力が躍動した。出雲で味わった"悔しさ"は、箱根で見事に"歓喜"に化けた。そればかりか、下級生が来季につながる活躍を見せた。出雲で不発だった『ばけばけ大作戦』は、2カ月半の時を経て成功裡に終わったと言っていい。
著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。
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