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【箱根駅伝2026】青山学院大「黒田朝日の衝撃走」への布石は飯田翔大が「花の2区」で打っていた (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

【1年目の悔しさを糧に成長】

 1年目は、3つの大学駅伝で出走はおろか、エントリーメンバーに入ることさえも叶わなかった。

「5000mの持ちタイムが2番手で入学して、すぐに国際大会(U20アジア選手権)にも出場し、三大駅伝は走れるだろうと考えていたのに、1年目はひとつもエントリーできませんでした。全日本(大学駅伝)を折田が走り、箱根では小河原(陽琉)が区間賞。同期のそういう姿は、チームメイトとしてうれしいことでしたが、自分としてはやっぱり悔しかった。まだそこの舞台に立てていない自分、ケガをしてしまっている自分に腹が立ったというか、もどかしい気持ちでいっぱいでした」

 飯田は1年目をこう振り返る。実力者ぞろいの2年生世代のなかでも、国体3位など輝かしい実績を引っさげて入学しながら、ルーキーイヤーには悔しさばかりを残した。

 その悔しさを糧に、前回の箱根後から存在感を示し始めた。昨年2月は、宮古島大学駅伝で6区区間賞の活躍を見せ、鹿島祐徳ロードレースでは優勝を飾った。

「2月のハーフマラソンや駅伝でしっかり走れたことが自信につながりました。2年目になったタイミングで、今年は絶対に主力でやっていけるっていう自信があったので、練習でもプラスアルファで自分なりにアレンジを加えるなどしてきました」

 新年度を迎えても好調をキープし、5000mでは国内最高峰の日本選手権にも出場を果たした。

 そして、秋を迎え、まずは出雲駅伝で出番を勝ち取った。任されたのは、留学生も多く起用される3区だった。しかし、大学三大駅伝デビュー戦で、辛酸を舐めることになる。

 2区の折田が苦戦し11位でタスキを受け取ると、飯田も区間10位と力を発揮できなかった。その後、5区の塩出翔太、6区の黒田が連続区間賞と4年生が意地を見せたが、チームは7位に終わった。「自分のところで優勝を見えなくしてしまい、とても悔しい思いをした」と振り返る。

 ただ、今季培ってきた実力は確かなものだ。飯田はすぐさま挽回し、全日本大学駅伝では6区区間賞と活躍した。その後もMARCH対抗戦で27分台と快走し、初めての箱根駅伝では2区の大役を任された。

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