【マラソン】エスビー食品からDeNAへ。マラソン重視の文化は継承されるのか
DeNAの新ロゴ発表会で握手をする(左から)守安功社長、陸上部総監督の瀬古利彦氏、ベイスターズ監督の中畑清氏 経営合理化を理由に、今年度での廃部を発表していたエスビー食品陸上部の受け入れ先がDeNAに決まった。過去、マラソンでオリンピックに2度出場した瀬古利彦氏を総監督に、これまでの選手、スタッフ全員の移籍が予定されている。4月からの再スタートを発表する席上で掲げられた目標は「2016年全日本実業団駅伝(通称ニューイヤー駅伝)での優勝」だ。それに続く形で、「オリンピック選手の輩出」なども謳われたが、最優先で駅伝の結果を求められていることは間違いない。2000年度以降、意図的に駅伝を回避していた孤高の存在(エスビー食品陸上部)が、「所属の変化とともにその文化を失うのでは?」という危惧の声も聞こえてくる。
「エスビー食品はマラソンのチーム」
これはファン、そして陸上関係者が長く認めてきた共通認識である。事実、運営方針も他の実業団チームと異なり、独自の文化を持っていた。
まず挙げられるのが徹底した個人主義だ。1980年、エスビー食品には瀬古氏と同時に中村孝生(1980年・モスクワ五輪代表)、新宅雅也(モスクワ五輪代表、1984年・ロサンゼルス五輪代表)という有力選手が入部したが、練習は常に個別で行なわれた。レベルの高さゆえに練習で競い合うとお互いがつぶれてしまうというだけでなく、選手の個性と目的を見極め、チームとしてではなく個人を尊重していたことも理由とされている。途中、一時方針転換したこともあったが、最近は再度、この原点に戻って活動してきた。
さらに1984年からは駅伝にも参戦を開始したが、それも「参加に必要な7名が揃ったから、出てみようかという感じ」(瀬古氏)と軽い動機だった。それでも1年目の84年に全日本実業団駅伝優勝を果たし、その後4連覇と勝ち続けた少数精鋭主義は、他のチームが真似できないエスビー食品のもうひとつの文化だった。
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