2012.08.26

【陸上】なぜジャマイカは世界一のスプリント王国になったのか?

  • 加藤康博●文 text by Kato Yasuhiro
  • photo by JMPA

ロンドン五輪の男子4×100mリレーで36秒84の世界記録を更新したジャマイカチーム 陸上競技の世界大会はスタンドの風景も時代によって変化する。1990年代は星条旗を掲げるアメリカ人が我がもの顔で振舞っていた。しかし今は、レゲエの音楽を流し、チームのレプリカユニフォームを着たジャマイカ人が幅を利かせている。スタジアム周辺で踊り、歌う姿が少々うるさくとも、「まぁ、仕方ないか」という目で周囲は見ている。その緩やかなリズムは誰の耳にも心地よく響くが、それだけが理由ではない。

 なぜなら、かつてアメリカのお家芸だった陸上の華であるスプリント種目で、今はジャマイカがその覇権を奪っているからだ。ロンドン五輪でもウサイン・ボルトが史上初めて100m、200mの2種目を連覇し、4×100mリレーではジャマイカチームが世界新記録を樹立して優勝。その猛威はとどまる気配はなく、国民は鼻高々に彼らの活躍を誇り、祝うのだ。

 ジャマイカの台頭は21世紀になって目につくようになったが、実はこれまでも多くのスターを送り出している。

 薬物違反でその実績を汚すことになったベン・ジョンソン(カナダ=1988年ソウル五輪100m金メダルはく奪)を筆頭に、リンフォード・クリスティ(イギリス=1992年バルセロナ五輪100m優勝)、元世界記録保持者ドノバン・ベイリー(カナダ=1996年アトランタ五輪100m優勝)らは若くしてジャマイカを離れ、移住した先の代表として活躍した。また、110mハードルの元世界記録保持者コリン・ジャクソン(イギリス)も両親はジャマイカ出身。この国がスプリントの資質ある若者を多く輩出していることは、陸上界では周知の事実だった。

 彼らのルーツはアフリカにある。16世紀にスペイン領となったジャマイカは足りない労働力を西アフリカから移民させることでまかなった。現在の国民の大多数がこの末裔(まつえい)とされている。

 ケニアやエチオピアなど長距離種目に好選手を多く輩出する東アフリカは、標高が高く冷涼な気候だが、対照的に西アフリカは低所でしかも過酷な暑さが特徴だ。そのため、この地域の住民は長い時間の経過の中で、発汗を促すために体の表面積を広げ、屈強な筋肉質の体へと変化していった。そのことがスプリントへの適性を高めることになったのである。彼らが爆発的な出力を発揮する筋肉を持っていることは、近年、遺伝子レベルの研究でも明らかにされている。