ブラインドマラソン青木洋子は有森裕子の言葉で奮起「パラ五輪を目指す」 (4ページ目)

  • 星野恭子●文 text by Hoshino Kyoko
  • 吉村もと●写真 photo by Yoshimura Moto

 始めてみると意外に楽しく、11年秋にはフルマラソンにも挑戦。5時間以上かけて完走し、「二度とイヤ」と思ったが、帰宅する頃には悔しさが募った。「せめて5時間は切りたい」と目標ができると練習にも力が入り、タイムは順調に縮まった。いつしか4時間を切る「サブフォー」も達成し、意欲はどんどん高まった。

 転機は15年。仕事でオリンピックメダリストの有森裕子さんと対談した。有森さん自身、毎年かすみがうらマラソンで視覚障がい者の伴走者としても活躍している。話題がリオパラリンピックから正式種目となる女子のブラインドマラソンになったとき、有森さんから「チャンスは自分でつかむしかない」と励まされ、「パラリンピックを本気で目指そう」とスイッチが入った。

 翌年には強化指定選手にも選ばれ、本格的に競技として取り組むと、タイムはさらに伸びた。18年には初めて日本代表に選ばれ、ロンドンマラソン兼2018ワールド パラアスレチックス マラソンワールドカップで4位入賞。そして、東京パラの推薦内定を得るまでに成長を遂げた。

 とはいえ、出場はまだ確定していない。別大後の4月、ロンドンマラソンで実施されるワールドカップで出場枠をつかみに行く予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大によりレースは中止され、東京パラも1年延期された。

「準備できる時間が増えてチャンスが広がったとプラスにとらえています。『チームおよ』全員一致の思いです」

 世界でしっかり戦えるように、持ち味であるスタートから思い切りよく飛ばす積極性を生かしつつ、スピードも持久力ももう一段階アップを誓う。

「東京パラは多くの人に、伴走者と一緒に走るブラインドランナーの姿を見てもらえるチャンス。競技の魅力や価値を伝えたいし、ブラインドランナーや支える伴走者も増えてほしい。そのきっかけに私がなれたらうれしい。だから、東京パラは『出たい』ではなく、『出る』と思って準備しています」

 多くの支えとともに、さらに強くなった青木が晴れの舞台を駆け抜ける日を、楽しみに待ちたい。

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