検索

【平成の名力士列伝:玉乃島】度重なるケガにも不屈の精神で戦い続けた東洋大出身者初の幕内力士 (3ページ目)

  • 荒井太郎●取材・文 text by Taro Arai

【初土俵からの連続出場710回、幕内連続出場は520回】

 平成17(2005)年3月場所でも幕内では3度目となる12勝を挙げて4度目の敢闘賞を受賞。翌18年1月場所は9場所ぶりに小結に復帰したが、2日目の大関・栃東戦で右肩を脱臼。右上腕二頭筋も断裂する重傷を負い、ケガとも闘い続けてきた男も、さすがに師匠に休場を申し出た。

 しかし愛弟子の懇願を片男波親方は「土俵は戦場だ」とにべもなく却下。前半は1勝7敗と大敗ペースだったが、9日目から6連勝で7勝7敗まで盛り返した。勝ち越しを懸けた千秋楽は巨漢の岩木山に寄り切られ、惜しくも負け越しとなったが、「いい経験になりました。現役を辞めても絶対に忘れない場所になると思います」としみじみと語った。

 同年7月場所は同部屋の兄弟子、玉春日とともに終盤まで優勝戦線に食らいつき、11勝で5度目の敢闘賞を獲得したが、2場所後の11月場所10日目の安壮富士戦で左股関節の亜脱臼で翌日から休場。これが現役時代唯一の休場となり、初土俵以来の連続出場は710回、幕内連続出場は520回でそれぞれストップした。

 土俵に復帰した平成19(2007)年1月場所から2場所連続10勝をマークするなど、気を吐いたが、番付は徐々にじり貧となり、十両12枚目で迎えた平成23(2011)年11月場所中に34歳で引退を表明。現在は放駒部屋の師匠として後進の指導にあたっている。

 関脇以下で実に11度の幕内2ケタ勝ち星は確かな実力の持ち主であることを証明している。加えて、何度も見舞われたケガとも真正面から向き合い、土俵に立ち続けた実直さと不屈の精神力もまた、隠れた"勲章"である。

【Profile】
玉乃島新(たまのしま・あらた)/昭和52(1977)年9月15日生まれ、福島県西白河郡泉崎村出身/本名:岡部新/しこ名履歴:玉ノ洋→玉乃島/所属:片男波部屋/初土俵:平成10(1998)年3月場所/引退場所:平成23(2011)年11月場所/最高位:関脇

著者プロフィール

  • 荒井太郎

    荒井太郎 (あらい・たろう)

    1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に取材執筆、連載も持つ。テレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。早稲田大学エクステンションセンター講師、ヤフー大相撲公式コメンテーター。

3 / 3

キーワード

このページのトップに戻る