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【平成の名力士列伝:玉乃島】度重なるケガにも不屈の精神で戦い続けた東洋大出身者初の幕内力士 (2ページ目)

  • 荒井太郎●取材・文 text by Taro Arai

【ケガと戦いながら新関脇に】

 しかし、前場所11日目の魁皇戦で小手投げに屈した際に左肘を負傷。さらに夏巡業の稽古で右肩を痛めた影響もあり、新三役場所から5場所連続負け越しで破竹の勢いも失速してしまう。

 しばらく低迷していたが、平成15(2003)年7月場所は横綱・朝青龍の張り手も交えた激しい突っ張りを耐え抜き、最後は左右のノド輪で押し出して横綱を撃破。「星が上がってないので、思いきりいこうと思った。すごくうれしいけど、横綱の張り手が何発も入って口が痛い」と初金星は痛みも伴った。

 久しぶりに存在感を発揮すると同年11月場所は5日目に横綱・武蔵丸を突き落としで破り、2個目の金星を獲得。この場所は10勝をマークして3度目の敢闘賞を受賞すると翌16年1月場所は新関脇に昇進した。

 次期大関候補の呼び声もあったが、さらなる飛躍のチャンスで、またもケガに泣かされた。初日の高見盛戦で再び左肘を痛めると11日目の魁皇戦で極め倒された際に患部を悪化させた。それでも土俵に立ち続け、5勝10敗の結果に終わると続く3月場所でも3勝1敗で迎えた5日目、魁皇の小手投げで同箇所を負傷して2場所連続の負け越し。

 ケガの痛みと恐怖とも戦いながら翌5月場所は優勝争いに名を連ねる活躍で12勝。圧巻は12日目、何度も左肘を極められて痛い目に遭っていた大関・魁皇に対し、右の前まわしを引くと左からはおっつけて力強く寄り切った。

「考えたとおりの相撲だった。魁皇戦はいつもビビっているんですけどね」と7連敗中だった"天敵"の大関を撃破。殻を破った大器は初の技能賞も獲得した。

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