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【平成の名力士列伝:貴闘力】闘志みなぎる相撲を貫いた鮮烈な記憶 史上最多の敢闘賞10回と史上初の幕尻からの平幕優勝は勲章の証し (2ページ目)

  • 十枝慶二●取材・文 text by Toeda Keiji

【ハイライトとなった史上初の幕尻からの平幕優勝】

 突き押し相撲にありがちなことだが、連勝も連敗も多かった。大負けが続いて幕尻、すなわち幕内で番付最下位の東前頭14枚目で迎えた平成12(2000)年3月場所が、力士生活の華ともいえる場所となった。

 十両陥落の瀬戸際で初日から白星を重ね、4横綱のうち若乃花は負けが先行して場所途中で引退、貴乃花、曙、武蔵丸の3人も序盤で土がつくなか、6日目に単独首位に立つ。10日目には後続と2差の独走態勢に入った。12日目には2敗勢のひとり、関脇・武双山との一番を叩き込みで制して12連勝まで伸ばす。

 平幕優勝への期待が高まるなか、終盤は抜擢されて横綱との対戦が組まれ、13日目は武蔵丸に寄り倒されて初黒星。14日目は曙に寄り切られて2敗目。結びで武蔵丸が勝てば2敗で並ばれるところだったが、貴乃花に掬い投げで敗れてしまう。同部屋の横綱の援護射撃を受け、2敗で単独首位の座を守った貴闘力は千秋楽、1差で追う3敗勢のひとりの関脇・雅山と対戦。一気に押し込まれたが、逆転の送り倒しで制して初優勝。幕尻の力士が優勝するのは、史上初の快挙だった。

 その後も闘志をみなぎらせて奮戦するが、十両に陥落し、2年半後の平成14(2002)年9月場所、幕下陥落が確実になったところで引退して年寄大嶽を襲名した。敢闘賞10回は今も最多記録として残る。

 私生活では、現役時代から昭和の大横綱・大鵬の娘と結婚して婿養子に入っており、大鵬部屋を継ぎ、のちに大嶽部屋を名乗って師匠として指導にあたった。しかし、平成22(2010)年7月、野球賭博に関わっていたことから解雇処分となり、相撲協会を去った。その後は焼き肉店などを経営する一方、YouTubeチャンネルを開設し、過激な配信内容で話題を提供している。

 4人の息子のうち長男はプロレスラーとなったが、次男、三男、四男はいずれも大嶽部屋に入門。三男が王鵬の四股名で関脇まで進出し、しばしば上位を倒す大物食いとして活躍して、父の果たせなかった大関昇進を目指している。

【Profile】貴闘力忠茂(たかとうりき・ただしげ)/昭和42(1967)年9月28日生まれ、兵庫県神戸市出身/本名:納谷忠茂/所属:二子山部屋/しこ名履歴:鎌苅→貴闘力/初土俵:昭和58(1983)年3月場所/引退場所:平成14(2002)年9月場所/最高位:関脇

著者プロフィール

  • 十枝慶二

    十枝慶二 (とえだ・けいじ)

    1966(昭和41)年生まれ、東京都出身。京都大学時代は相撲部に所属し、全国国公立大学対抗相撲大会個人戦で2連覇を果たす 。卒業後はベースボール・マガジン社に勤務し「月刊相撲」「月刊VANVAN相撲界」を編集。両誌の編集長も務め、約7年間勤務後に退社。教育関連企業での7年間の勤務を経て、フリーに。「月刊相撲」で、連載「相撲観戦がもっと楽しくなる 技の世界」、連載「アマ翔る!」(アマチュア相撲訪問記)などを執筆。著書に『だれかに話したくなる相撲のはなし』(海竜社)。

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