【平成の名力士列伝:雅山】「平成の新怪物」としての衝撃と大関陥落後68場所で魅せたいぶし銀の活躍
ケガで土俵人生が暗転したが、その後も粘り強く力を発揮した雅山 photo by Jiji Press
連載・平成の名力士列伝63:雅山
平成とともに訪れた空前の大相撲ブーム。新たな時代を感じさせる個性あふれる力士たちの勇姿は、連綿と時代をつなぎ、今もなお多くの人々の記憶に残っている。
そんな平成を代表する力士を振り返る連載。今回は、大関までのスピード昇進の凄みとケガ以降の粘り強い土俵人生でインパクトを残した、雅山を紹介する。
【初土俵から所用12場所で大関へ】
異例のスピード出世で大関に駆け上がって「平成の新怪物」と称されたあと、ケガのためわずか8場所でその座を明け渡して平幕に陥落した雅山。しかし、試練を乗り越えて三役に復帰し優勝決定戦も経験するなど長く活躍した。平成時代中期の土俵で波乱万丈にして多彩な相撲人生を送った、唯一無二の力士だった。
昭和52(1977)年生まれで茨城県水戸市出身。小学生の頃から体が大きく、運動神経に優れ、水戸市の相撲大会では敵なしだったという。中学では柔道部に所属しながら水戸農業高校相撲部の練習に通い、のちの大関・武双山の父で茨城県相撲連盟理事長の尾曽正人氏の指導を受けて力をつけた。
当時のライバルはのちの関脇・玉乃島。中3時には全国中学校相撲選手権決勝で雅山が勝って中学横綱に輝いたが、高3時のインターハイでは準々決勝で玉乃島に敗れ、高校横綱を逃している。高校卒業後は明治大に進んで1年時からレギュラーになり、2年時から全国タイトルを取るなど活躍したが、東洋大に進んだ玉乃島が2年で中退して入門したのに刺激を受け、3年で中退。郷里の先輩の武双山がいる、元横綱・三重ノ海の武蔵川部屋に入門した。
平成10(1998)年7月場所、幕下付け出しで初土俵を踏むと、異例のスピードで番付を駆け上がった。2場所連続7戦全勝で幕下優勝を果たして関取に昇進すると、十両でも12勝3敗、14勝1敗で連続優勝。幕下付け出しから4場所連続優勝という空前絶後の快挙で、一気に新入幕を果たす。「平成の怪物」と言われた先輩の武双山も上回る圧巻の成績で、「平成の新怪物」との異名がつけられた。
ザンバラ髪で土俵に上がった新入幕の平成11(1999)年3月場所も9勝し敢闘賞。新小結の平成12(2000)年1月場所は横綱・曙らを倒して12勝。3月場所は新関脇で曙、若乃花の2横綱を倒し、千秋楽は2敗で単独首位の貴闘力と1差の3敗で対戦。勝てば優勝決定戦の一番は攻め込みながら逆転されて大魚を逸したが、11勝で敢闘賞。5月場所も11勝して敢闘賞に輝き、場所後に22歳で大関昇進。初土俵以来所要12場所は豊山と並ぶ戦後最速タイだった。
突き押しの威力に加え、イナしたり、差して頭をつけたりするうまさや土俵際の粘りも備え、一気に横綱昇進と期待された。
1 / 2
著者プロフィール
十枝慶二 (とえだ・けいじ)
1966(昭和41)年生まれ、東京都出身。京都大学時代は相撲部に所属し、全国国公立大学対抗相撲大会個人戦で2連覇を果たす 。卒業後はベースボール・マガジン社に勤務し「月刊相撲」「月刊VANVAN相撲界」を編集。両誌の編集長も務め、約7年間勤務後に退社。教育関連企業での7年間の勤務を経て、フリーに。「月刊相撲」で、連載「相撲観戦がもっと楽しくなる 技の世界」、連載「アマ翔る!」(アマチュア相撲訪問記)などを執筆。著書に『だれかに話したくなる相撲のはなし』(海竜社)。

