【パリオリンピック男子体操】橋本大輝が苦闘の末にたどり着いた新境地 20歳の岡慎之助がつないだ個人総合日本勢五輪4連覇の意味 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

【橋本を解放した20歳・岡の個人総合制覇】

20歳の岡が五輪王者となったことは、橋本にも好影響を与えるだろう photo by JMPA20歳の岡が五輪王者となったことは、橋本にも好影響を与えるだろう photo by JMPA こう話す橋本は2連覇を果たせなかったが、2012年ロンドン五輪と2016年リオデジャネイロ五輪を連覇した内村航平と東京五輪の橋本に続き、個人総合で日本人4連覇の実績を引き継いだのは20歳の岡だった。中学生時代からその素質の高さを注目され、特別強化選手として全日本合宿にも招聘されていた選手。だが代表入りを期待された2022年の全日本選手権決勝では4種目目の跳馬で着地に失敗して右膝前十字靱帯断裂という大ケガを負った。

 それでも2023年6月のアジア選手権個人総合は86.065点で優勝と復活。今年4月の全日本選手権では2位になり、橋本が欠場した5月のNHK杯では優勝してパリ五輪代表になった。

「バネが強いとか、体が柔らかくてしなやかだとかいろいろなタイプの選手がいるが、彼はすべてを持っているというか、柔らかいのに強い、すごくきれいに見えるけど力強さに欠けることもない、理想的なバランスの演技ができる選手です」

 こう評価する水鳥寿思・男子代表監督は、あらためてこの1カ月の岡の成長ぶりに舌を巻いた。

「国内の試合ではよくミスも出ていたが、ここまでの1カ月間は練習でもほとんどミスがなく驚くほどだった。本当に覚醒してくれたというか、まさか1カ月でここまで仕上げたのは想像を超えたこと。今日の演技を見ても実施評価であるEスコアが僕らが想像するより出ていたので、彼の基本に忠実な演技の素晴らしさを評価してくれたのだと思う」。

 ライバルになる中国の張が予選と団体決勝ともに6種目すべてに出場していたのを見て、水鳥監督は優勝のためには(張が難易度をそこまで上げてこないと見越して)合計88.5点を狙う必要はないと考えた。そうなれば86点台前半を出している岡もチャンスはあるし、橋本も粘ったらいけると考えた。そんななか、自分の演技に淡々と集中してミスなく終えた岡が、得点を86.832点まで伸ばして優勝をつかむ結果になった。

 これまでの日本チームには内村や橋本という飛び抜けたエースがいたが、彼らは特別視されていた面もある。だが岡が五輪王者になったことで、同世代の「岡には負けない」と思っている選手たちに刺激を与える。それとともに、これまでひとりで日本男子体操を背負ってきた橋本にとっても、背中にのしかかっていた重すぎる荷物を下ろして、もう一度自分の戦いに集中できるようになることは大きい。

「大輝は、ひとりで走ってきたのがしんどかったと思う。すべてを自分で背負ってそのプライドを持ってやってきたけど、本来の彼はみんなと一緒になって盛り上げることをやっていきたいタイプです。だから、こうやって岡が出てきてくれたのがすごくありがたい。大輝は団体で勝ちたいという思いもあり、みんなが強くなってほしいという気持ちでやっている。だから彼もすごく前を向いて、新しい目標を持てるのではないかと思います」(水鳥監督)

 苦しい状況を戦い抜いたエース・橋本、初出場で個人総合五輪王座を掴み取った岡、団体でそれぞれの役割を徹しきった主将の萱、谷川航、杉野正尭ら、パリ五輪で最高の結果を残した日本体操男子。さらなる高みへ、もう動き始めている。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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