2019.11.17

公務員試験合格→和歌山県庁内定。
それでも御嶽海が角界を選んだわけ

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第5回:御嶽海(2)

 先場所の大相撲秋場所(9月場所)で2度目の優勝を果たした関脇・御嶽海。

“ここ一番”の勝負強さに加えて、明るいキャラクターで人気の御嶽海は、20歳の時に日本国籍を選択しているが、日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれたハーフ。フィリピンで生まれ、幼少期はフィリピンで過ごしていた。その後、現在も実家がある長野県で暮らすことになって、相撲と出会う。

 本場所となれば、実家のある長野から母マルガリータさんを中心とした大応援団が頻繁に駆けつけ、熱烈な応援で御嶽海を後押ししている。

 九州場所でも注目を集める御嶽海。そんな彼の知られざる”実像”に迫った――。

        ◆        ◆        ◆

 フィリピンで生まれた僕は、4歳になると、日本の長野県に行くことになりました。フィリピンを離れる時は、本当に寂しかったことを覚えています。

 日本の子どもって、家に引きこもってゲームばっかりでしょう。長野の田舎ですら、みんなそうだった。山道を自転車で走り回っていたのは、僕を含めた2、3人くらいなもので、フィリピンみたいに”みんなで遊ぶ”っていうのがない。だから、学校から帰ると、すごく寂しかったですね。

 その分、休みの日なんかは、親父が近くの山や川に連れ出してくれて……。キノコ狩りやタラの芽、コシアブラなんかの山菜採りをしました。キノコや山菜を採る人って、キノコが大量に生息しているところを、他人には絶対に教えないんですよね。”マイ・スポット”は家族にさえ教えない(笑)。

 あとは、渓流釣り。イワナをいっぱい釣って、家に持って帰って、お母さんが焼いてくれたイワナの美味しいことといったら! 小さい頃から食いしん坊だった僕にとって、幸せな時間でしたね。

 こんなふうに、自然に恵まれた長野県上松町でのびのびと育った僕は、体が大きかったこともあって、小学1年生の時に相撲大会に初参加。でも、自分より体が小さい子に負けちゃったんです。それが、めちゃくちゃ悔しくてねぇ……。その後、地元の木曽少年相撲クラブで相撲を始めました。

 以降、小学5年生の時に全国大会で準優勝したり、中学3年生の時にも全国でベスト8に入ったりして、それなりに知られた選手になっていきました。