2019.05.05

記録と記憶。平成の大相撲史に残る名勝負。
白鵬を稀勢の里が止めた日

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Kyodo News

平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 
【2010年11月 大相撲九州場所 稀勢の里vs白鵬】

 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。現場で取材をしたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

 記憶と記録。平成の大相撲は、このふたつがせめぎ合った31年だったように思う。

 平成の前期は、貴乃花と3代目・若乃花の”若貴兄弟”を中心に、曙、武蔵丸のハワイ出身の横綱が真っ向からぶつかり合う、記憶に残る大相撲が毎場所のように展開された。優勝22回と偉大な記録を残した貴乃花。最後の優勝となった2001年夏場所では、ケガをこらえて武蔵丸との優勝決定戦を制した。当時の小泉純一郎首相が「感動した!」と絶叫したように、間違いなく記録より記憶に残る大横綱だった。

 史上初の兄弟横綱が引退したあとは、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜のモンゴル出身横綱が土俵の主役に君臨。史上最多の7場所連続優勝を果たした朝青龍と、歴代1位の優勝42回、歴代最多の1120勝など数々の記録を塗り替え続ける白鵬がクローズアップされる時代へと変わった。

 記録と記憶は、一見すると同じでもあるが、一方で相反するような色合いがある。力士たちはこのふたつを土俵で刻みながら、平成の31年を駆け抜けていった。

 その象徴的な戦いが、白鵬と稀勢の里による、2010年九州場所2日目の結びの一番だった。輝かしい記録を築く白鵬と、優勝回数は2回ながら鮮烈な記憶を残した稀勢の里。お互いの相撲観をぶつけ合うような緊張感あふれる激突は、平成の大相撲史の中でも忘れられない名勝負だった。

2010年の九州場所で、白鵬の連勝記録を止めた稀勢の里

 この年、白鵬は、ずば抜けた強さを見せつけていた。初場所14日目から62連勝の負け知らずで、春場所から4場所連続で全勝優勝を達成した。夏場所後に野球賭博事件で元大関・琴光喜、大嶽親方(元関脇・貴闘力)が解雇され、他にも大量の処分者が出るなど不祥事が土俵を直撃。肝心の土俵が色あせた時に、白鵬は孤軍奮闘で本場所を盛り上げていた。