なぜ小平奈緒は平昌であんなに強かったのか。苦労を知る番記者が明かす (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by JMPA

 オランダで、何でも自分でする経験は精神面を強くする効果があった。一方で、食事などの生活面では苦労も多く、食材探しに奔走して、2年目には卵や乳製品などによる遅発性アレルギーなどにも苦しみ、うまく体調を維持できなくなった。

 帰国してからは、毎日の食事を楽しむ感覚や、食べ物の重要性など、20年間以上暮らしていて、ずっと気づかなかった日本の環境のよさを改めて感じることができたという。

「ずっと日本にいたら食事にもそんな興味を持たなかっただろうし、栄養学まで考えようとはしなかったかも」

 オランダの2年間があったからこそ、美味しいものを食べられてストレスなく過ごせることに幸福を感じた。

 ソチ以前に比べると、オランダ留学で体にも変化があり、それに合わせて、いかに体を使うべきかという、考えの幅が広がった。また、無理せず効率のいい体をどう作るかを考えるようになったことで、無駄が減り、頭の中が整理されたという。

 小平はそんな中でしっかりと、平昌五輪を睨んだ長期的な取り組みを始めていた。そのひとつが好成績を出しているシーズン中にもかかわらず、昨年1月に入ってからブレードを新しいものに替えて試し始めたことだ。そのブレードもシーズン終盤にはしっかり馴染むようになった。W杯ファイナルで、2月の世界距離別選手権で出した低地世界最高記録に0秒01まで迫る37秒14で勝利した時には、「このあと2、3レースをすれば低地でも36秒台が出せるのでは」と感じたという。

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