2013.12.30

さようなら、そしてありがとう。2013年に引退したアスリートたち

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi photo by AFLO

 去り際には、人それぞれ人生の色がある。余力を残し笑顔で去る者、ボロボロになり朽ち果てる者、そして身を引く決断ができずさまよう者——。長きに渡って自分を育ててくれた競技への思いを胸に、今年も多くのアスリートたちが第一線を退いていった。

体操女子の田中理恵はロンドン五輪から1年以上経ってから引退を表明した プロ野球界は宮本慎也(43歳/ヤクルト)、前田智徳(42歳/広島)、山﨑武司(45歳/中日)らビッグネームが相次ぎ引退し、メディアを騒がせたが、その影で嶋重宣(37歳/西武)や小野晋吾(38歳/ロッテ)ら、「いぶし銀」たちも現役を退いている。広島時代の2004年に首位打者となり、『赤ゴジラ』の愛称で親しまれた嶋は、「チームの戦力になれないならユニフォームを脱ぐしかない」と語り、2000年の日曜日ごとに9連勝して『サンデー晋吾』と呼ばれファンから愛された小野は、「戦力になれないことと肉体的な苦労を考え決意した」という言葉を残している。

 肉体的にも、精神的にも、競技者としての限界を悟り、自ら決断する。現役を退く喪失感はあるものの、現状を受け入れることができたアスリートは、まだ幸せなのかもしれない。

 かつて、トルシエジャパンの要として活躍した元サッカー日本代表の服部年宏(40歳/岐阜)は、「相手からボールを奪えなくなった」と、自分の武器が通用しなくなったことで限界を知り、長い現役生活を終えた。同じく元日本代表で、1998年フランスW杯メンバーだった斉藤俊秀(40歳)も今年、現役引退を表明している。斉藤は2009年から社会人リーグ・藤枝MYFCの監督兼選手として活躍。JFL昇格(来季からJ3参入)に貢献し、「もう未練はない」と自分の役割が終わったことを自覚してピッチを去った。また、2002年の日韓W杯で活躍し、トサカ頭がトレードマークだった元サッカー日本代表の戸田和幸(36歳)も、選手生活にピリオドを打った。J1清水をはじめトッテナムやKリーグ、J2を渡り歩き、最後はシンガポールリーグのウォリアーズでプレイ。戸田は「やり切ったわけでも、満足できたわけでもないが、終わらせるタイミングだと自然と思えるようになった」と、プロ生活18年間を総括した。

 記憶に新しいところでは、体操女子の田中理恵(26歳)がロンドン五輪後、1年以上経った12月19日に会見を開いて引退を表明した。「日に日に気持ちが遠のいていくことに気づいた」と田中は会見で語り、モチベーションの低下を告白したが、彼女のように、アスリートにとって重要な五輪という節目を越えても引退せず、その後、肉体や気持ちを保てず現役続行を断念するパターンも少なくない。