羽生結弦の決意。「光」に手を伸ばし、生きる活力を伝える (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

 その後、カナダのコーチに連絡を取る余裕もでき、周囲の状況も見えるようになってきたが、制限のある環境で練習する苦しさ、難しさもあった。それでも、コロナ禍で寝る暇もなく頑張る医療従事者らや失業や減収で生活が苦しい人たちがいることを思うと、自分の苦しみの小ささを感じ、悩むよりも自分のできることを考えた。

「今、スケートができること自体、本当に恵まれていることなんだなと思いました。苦しかったかもしれないけど、こういう状況だからこそ、自分の演技が明日までではなくてもいいから、その時だけでも、演技が終わった後の1秒だけでもいいから、見ている人たちの生きる活力に少しでもなったらいいなと思いました」

 アスリートが何かできるとしたら、競技する姿、戦う姿を見せることではないか。そうした思いを持って出場した全日本選手権だったからこそ、羽生の姿には「決意」のようなものが感じられた。

 首位発進したSPは、認定されなかったスピンではなく、GOE(出来栄え点)加点を取っていたジャンプの内容に納得していなかった。羽生が厳しい自己評価をすることはこれまでにもよくあったが、今大会は今まで以上の厳しさを漂わせていた。

 SPの『レット・ミー・エンターテイン・ユー』は「すべてを見どころにしたいと考えた」と羽生が話すように、持っている技術を要素以外のつなぎにも詰め込み、途切れることなく演じ切り、観客とも一体になろうとするプログラムだ。フリーの『天と地と』では、戦国武将・上杉謙信が抱いた、戦いの中での葛藤を自らとリンクさせ、羽生の今の心象風景を緊張感の中で見せようとした。

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