2020.09.21

羽生結弦が感じたライバルと競い合う重圧、そして幸せ

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Noto Sunao(a presto)

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『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』 
第Ⅱ部 高め合うライバルたちの存在(3) 

数々の快挙を達成し、男子フィギュア界を牽引する羽生結弦。その裏側には、常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱がある。世界の好敵手との歴史に残る戦いやその進化の歩みを振り返り、王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。  

2015年グランプリファイナルで優勝した羽生結弦(中央)。左は2位のハビエル・フェルナンデス、右は3位の宇野昌磨  2015年の世界選手権。羽生結弦は、ケガや手術で準備期間が十分でないながらも、本気で連覇を狙っていた。しかし、羽生を2.82点差で抑えて優勝したのはハビエル・フェルナンデス(スペイン)だった。

 羽生が12年からブライアン・オーサーに師事し、カナダのクリケットクラブを本拠地にした理由のひとつに、フェルナンデスの存在があった。11年からオーサーの指導を受けていたフェルナンデスは、羽生が初出場した同年のグランプリ(GP)ファイナルで、チャンと髙橋大輔に次ぐ3位になった。ショートプログラム(SP)で4回転トーループをクリーンに決め、フリーでも4回転トーループに加えて4回転サルコウもきれいに跳んだ。サルコウも含めた4回転の技術を高めるためにも、彼と一緒に練習することがプラスになると、羽生は考えたのだ。

 15年のGPファイナルでも、フェルナンデスはSP2位発進の後、フリーで4回転サルコウ2本を決めて201.43点の高得点を出した。この大会で羽生は歴代世界最高得点で優勝したが、「(フェルナンデスに)プレッシャーを与えられた」と話していた。

 トロントにあるクリケットクラブのリンクの壁には、クラブを拠点とし、五輪や世界選手権のメダリストになった歴代の選手の名前が記されている。そこには「ソチ五輪ゴールド」の羽生の名前もあり、「世界選手権ゴールド」のフェルナンデスの名前もある。当時、羽生は「彼は僕の名前を見て、『次は自分が......』と思っているはずですけど、僕も彼の名前を見て感じる悔しさがモチベーションになっている」と話していた。そうした思いを持ちながら毎日過ごせる環境は「恵まれたもの」とも語った。