日本ボクシング世界王者列伝:川嶋勝重 格闘技経験ゼロから大橋ジム初の世界王者となった好戦的ファイター 四半世紀の時を経て映画で描かれた亡き後輩との絆 (3ページ目)
【技巧の名手、徳山を107秒でTKO】
それから1年後(2004年6月28日)、川嶋に再びチャンスが巡ってくる。徳山との再戦だった。場所も同じ横浜アリーナだ。4年間もチャンピオンの座にある徳山にとっては9度目の防衛戦になる。その安定感に陰りは見えない。前戦を見る限り、長い間合いからタイムリーショットを重ねるチャンピオンの戦法に対し、攻撃重視のチャレンジャーのスタイルは相性がいいと言いきれない。再び苦戦の予感しかなかった。しかし、川嶋はそんな外野の予想を吹き飛ばす。
開始ゴングから1分半。徳山の長いジャブに切れ味が帯びる前、一瞬の隙をついて川嶋の右ストレートがカウンターとなる。顔面からキャンバスに滑り落ちるようにダウンした徳山のダメージは明らかだった。立ち上がったが、膝から下は震えたまま。川嶋はすかさず追撃に入る。
終幕はそれから10秒とたたないうちに訪れる。左フックから切り返した右が決め手になった。背中からフロアにたたきつけられた徳山を見て、レフェリーは即座に試合を止めた。1回1分47秒TKO。世界一を夢見てから9年目、川嶋の願いはようやく叶った。そして、大橋ジムにとっても創設10年目の快挙だった。
川嶋は2度の防衛を果たす。2度目の防衛戦ではシドニー五輪ベスト8の技巧派サウスポー、ホセ・ナバロ(アメリカ)と激しい打ち合いを演じ、左目上から激しく出血しながら2−1判定を勝ち取っている。
川嶋に立ちはだかったのは、またしても徳山だった。2005年7月18日、大阪市中央体育館での3度目の対決は、前チャンピオンの伸びやかなパンチ、きめの細かい攻防が上回り、はっきりとした内容の0−3判定でチャンピオンベルトを失った。
その後の川嶋は厳しいキャリア後半戦となる。2006年秋、チャンピオンの徳山が試合から遠ざかったことで作られたWBC暫定王座の決定戦で、メキシコの長身サウスポー、クリスティアン・ミハレス(メキシコ)から痛烈なダウンを奪いながら詰めきれず、3ジャッジのいずれもが1ポイント差の1−2判定負け。3カ月後の再戦では10ラウンド、右フックで倒されてしまう。レフェリーの判断はスリップダウンだったものの、ダメージは深く、ミハレスの猛攻に遭ってTKOに屈する。
2008年1月14日、さらに王座復帰をかけてWBAチャンピオン、アレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ)に挑んだものの、攻めきれないまま判定で退き、引退を決意した。
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