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日本ボクシング世界王者列伝:山中慎介 "KOアーチスト"として12度の世界王座連続防衛を果たした"GOD LEFT(神の左)"の衝撃史 (2ページ目)

  • 宮崎正博●文 text by Masahiro Miyazaki

【遅咲きの強打が爆発。一気に世界へ】

 研いできた強打の牙が鈍く輝き始めるのは、長い前座生活の終盤だった。KO・TKO勝ちを連ねるようになる。2010年には日本バンタム級王座を獲得。そして、山中のボクサー人生を最高ランクへと近づける戦いがやってくる。2011年3月5日の岩佐亮佑(セレス)との対決だった。

 山中の日本タイトル初防衛戦として行なわれた一戦、戦前の予想は互角もしくは岩佐優位へと動いていた。やはりサウスポーでインターハイ、国体、選抜選手権と高校3大タイトルを制してプロ入りした岩佐のセンスは抜群だった。わずかプロ8戦ながら、鋭利な拳を多彩な角度から突き刺してくる。ジャブ、ワンツーを軸に戦う山中と比べ、より幅広い攻防をハイレベルにこなせると多くのファンには信じられていた。

 東京・後楽園ホールには立錐の余地もない大観衆が集まった。"史上最大の日本タイトルマッチ"は、岩佐の猛攻で始まった。しかし、山中は慌てない。強い右ジャブで岩佐の攻勢を押し返し、左ストレートの強打を重ね、やがてペースを握った。岩佐の反撃もあって、ボクシングの聖地はひたすら揺れ返る。迎えた最終回、山中の集中打が火を噴いて、ついにレフェリーストップがかかり、ファンの絶叫の中で戦いは完結した。

 世界へと続く道は、すぐに貫通した。同年11月のことだった。当初、クリスチャン・エスキバル(メキシコ)との一戦は暫定のWBCバンタム級王座決定戦と発表されたが、正規王者ノニト・ドネア(フィリピン)に指名防衛戦義務の履行意思がないとして、急遽、正規のタイトル戦に格上げされた。試合ではダウンの応酬もあった。さらに11ラウンド開始のゴングが鳴った途端、照明が落ち、5分間の休憩も余儀なくされる。暗闇のなか、キャンバスに体育会座りして待った山中はたくましかった。再開直後、2度のダウンを奪ってフィニッシュ。晴れて世界のてっぺんに立った。

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