カバンの中にゴキブリも。カリスマ女子レスラー・ジュリアが明かした壮絶ないじめに遭った過去 (2ページ目)

  • 尾崎ムギ子●文 text by Ozaki Mugiko

 実家はイタリアンレストラン。テレビで取り上げられることもある名店で、父親だけでなく、ジュリアもテレビに密着されることがあった。「とにかく目立つ存在だった」と話す。

 母親は元ダンサー。金髪で肌を真っ黒に焼き、鼻ピアス、へそピアス、厚底の靴にショートパンツ。胸の谷間を出して授業参観に来ては、投げキッスをしてくるような人だった。父親は父親で、イタリア人だから目立つ。さらにイタリアから来日したK-1ファイターたちが実家に居候しており、入れ墨だらけのいかつい外国人たちがジュリアの学校の送り迎えをした。

「お父さんはイタリア人だけあって、時間にルーズ。毎日、大遅刻です。オープンカーでヒップホップをガンガン流して、サングラスかけて煙草を吸いながら、私を学校まで送るんですよね。校庭のど真ん中を通って、目立つところに車を止めると、生徒たちが『うわあ、来たよ~』って見に来るんです。それがもう恥ずかしくて、しょぼんとしながら登校してました」

 ジュリア自身は、人見知りでシャイな子供だった。いつも両親の後ろに隠れて、声も小さく、すぐに泣く。ガリガリでご飯が食べられず、栄養失調になって点滴を受けたこともある。給食のおかずを机の中に隠し、放課後、クラスメイトたちが帰ったあとにこっそりゴミ箱に捨てた。友だちはひとりもできなかった。

 小学校に上がってすぐのこと。下校途中、上級生たちにランドセルを奪われ、国道に放り投げられた。新品のランドセルが車に轢かれ、筆箱や教科書が国道に散らばった。赤信号になった瞬間に拾いにいったが、拾うのに夢中で車が来ていることに気づかず、危うく自分が轢かれそうになった。ペチャンコに潰れたランドセルに、くっきりとタイヤの痕が残った。買ってくれた母に申し訳なく、「振り回して歩いてる」とうそぶいた。

 どんなにいじめられても、内気なジュリアは抵抗することができなかった。しかし小学校5年生のある日、同じクラスの女子生徒が、ジュリアの弟が鉄棒で遊ぼうとするのを邪魔した。その瞬間、彼女の中でなにかがプツンと切れた。その女子生徒に馬乗りになり、ボコボコに殴った。取っ組み合いの喧嘩になり、血だらけ、傷だらけ。髪を束でむしり合い、服もビリビリに破けた。

「そこからですね。殴られたら私も殴るし、なにか言われたら絶対、言い返す。そうしたらどんどん気が強くなってしまって、『次、あいつらなにしてくるんだろう?』みたいな。恐怖心もあったんですけど、負けたくないという気持ちが一番でした」

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