2020.01.09

オカダ・カズチカへの嫉妬、憂鬱な日々を
乗り越え、内藤哲也が2冠王者

  • 大楽聡詞●文 text by Dairaku Satoshi
  • 白鳥純一●撮影 photo by Shiratori Junichi

 のちに内藤は、この頃の心境を次のように振り返っている。

「今だから言えますけど、試合をするのが嫌でした。若手時代からずっと『明日も試合がしたい。試合が楽しくてしょうがない』と思っていたのに、この頃は大会前日になると憂鬱になっていました」

 一気にトップにのし上がっていくオカダへの嫉妬に苦しみ、くすぶり続けていた内藤に転機が訪れたのは2015年5月のメキシコ遠征でのことだった。

 日本でもたびたびタッグを組んでいたラ・ソンブラから誘われ、メキシコのプロレス団体「CMLL」で活動するユニット「ロス・インゴベルナブレス」に加入。そのメンバーとして活動するなかで、内藤は「観客の声援を気にせず、好き勝手に自分のやりたいことをやっていいんだ」と気づく。それまでは観客の反応を気にしすぎて、逆に試合がファンの心に響かないという"負のスパイラル"に陥っていたのだ。

 今では決め台詞として浸透している「トランキーロ(スペイン語で「冷静に、落ち着け」という意味)」もそこで生まれ、同年6月に凱旋帰国。試合ではひとりだけ遅れて入場したり、ゴングが鳴っても入場時のスーツを着ていたりと、やりたい放題の行動にブーイングが止むことはなかったが、内藤はそれを心の底から楽しんでいた。

 殻を破り捨てた内藤の姿に観客の反応も変化し、ブーイングは次第に歓声へと変わっていく。同年の11月には「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(「デ・ハポン」はスペイン語で「日本の」という意味)」を結成。2016年初頭には、中邑ら新日本プロレスの主力選手がWWEに移籍する追い風も吹き、内藤はその年のプロレス大賞で「最優秀選手賞」を初受賞するなどスターダムを駆け上がっていった。

 そして、2017年にG1クライマックスで4年ぶり2度目の優勝を果たし、IWGPヘビー級王座への挑戦権利証を手にする。翌年の「イッテンヨン」の相手は、東京ドームで2度目の対戦となるオカダ。2014年の対決時とは異なり、入場時には割れんばかりの"内藤コール"が巻き起こった。

 声援を受けた内藤は熱戦を繰り広げるも敗戦。試合後、オカダは「内藤さん、東京ドームのメインイベントは最高に気持ちいいだろ? 勝つとな、もっと気持ちいいぞ!」と内藤の背中に言い放った。

 その言葉を胸に3たび東京ドームに戻ってきた内藤は、1月4日に飯伏に勝利して翌日の対戦が決まったオカダに対し、「2年前の東京ドームでのマイク、覚えてるか? 史上初の偉業、そして東京ドームで(勝利後の決まり文句「デ・ハポン」の)初めての大合唱。明日オカダを倒した上で実現させてやるぜ!」とリベンジを誓い、見事に勝利を収めた。