五輪3度目でやっとつかんだ金メダル。阿武教子の長い長い戦い (2ページ目)

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AFLO

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 そんな状況では力を出せるはずもなかった。阿武はまたしても、初戦の2回戦でイタリアのエマヌエラ・ピエラントッツィを相手に攻められず、指導1を受ける優勢負けを喫してしまったのだ。

 それでもその後は、01年と03年の世界選手権を制覇して4連覇を達成。3度目の挑戦になったアテネ五輪では、大会前から「金メダルを獲りたい」という目標を口にして臨んだ。自分を追い詰めすぎないように、春から夏までの5回の合宿とアテネ五輪の本番には、国内試合でいつも付き人を務めてくれる兄・貴宏さんに帯同してもらった。今回は、体重もしっかり76kg台をキープできていた。

「今回は体重調整もうまくいったし、いつもどおりの状態で臨めたので、初戦で勝てば勢いに乗っていけると思っていました。でも、五輪では勝ったことがなかったので、最初の試合は本当に緊張しました」

 そう話していたとおり、初戦では硬さも見られた。だが、28歳で挑んだ3度目の五輪は、過去2回とは違っていた。最初から積極的に足を飛ばして攻め、序盤には右送り足払いでピントをグラつかせると、投げ技も仕掛けて、開始1分2秒で相手に指導。そして、投げ技を連続させる連絡技も出して戦いを支配すると、一本背負いから崩れ袈裟固め。2分53秒で一本勝ちを決めて、初戦突破を果たした。

 次の3回戦は、身長180cmのルチア・モリコ(イタリア)が相手だった。これも競ったのは互いに指導をもらった開始1分7秒まで。阿武は2分24秒に小内巻き込みで効果を奪うと、その後は足も飛ばす多彩な攻めで圧倒し、3分44秒には相手に3つ目の指導を出させて、最終的に優勢勝ちを収めた。

 この日、準決勝が始まる午後の柔道会場は、日本にとって雰囲気が良くない状態だった。世界選手権3連覇を果たし、この大会で五輪連覇を期待されていた男子100kg級の井上康生が、準々決勝で敗れて連覇を逃し、敗者復活2回戦でも敗れてメダルも逃していたのだ。

 阿武の準決勝の相手は、01年世界選手権無差別級優勝のセリーネ・ルブラン(フランス)。互いに手の内を知っている選手で、阿武の動きは少し硬く見えた。ガッチリ組み合っても互いに技を出せず、1分22秒には両者に指導が出た。その後も効果的な技を出せないまま、5分間の試合時間が終了。5分間のゴールデンスコア(延長戦)に入っても、阿武はなかなか効果的な技を出せない状態が続いた。だが、ルブランが下あごの止血治療で少し時間を取ったことがきっかけになった。

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