【国際プロレス伝】世界王座を失い、マイティ井上が発した痛快なひと言 (2ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 原悦生●撮影 photo by Hara Essei

 当時のバーベルはバーをのせるラックの幅が狭くてね。プレートを200kgもつけると、バーが重量でしなったものです。そんなバーベルを、木村さんも井上さんも当たり前のように上げていました。井上さんの大胸筋はすごくて、本当にカッコよかったですよね」

 ちなみに1974年9月23日、パワーリフティングとアメリカンフットボールで鍛え上げて「元祖マッチョレスラー」と呼ばれたスーパースター・ビリー・グラハムの来日を記念し、後楽園ホールで行なわれたベンチプレス・デモンストレーションには、国際プロレス代表としてアニマル浜口が出場している。

「僕の試合はガンガンいって、常に直球勝負。直線的というのかな。でも、井上さんは直球勝負かと思えば、時に鋭い変化球。メリハリが効いていました。動きがシャープでテクニシャン。プラスしてパワーとスタミナもありましたが、どちらかというと、力の部分はあまり見せず、テクニックで勝負していた。そういう見せ方を考えていたんでしょう。

 井上さんといえば、サマーソルト・ドロップが必殺技でしたが、仰向けになった相手のアバラ(肋骨)に前転宙返りして落ちていくあの技はダイナミックでしたね。持ち上げた相手の腹を、立てたひざの上に落とすストマック・ブロックや、大きくジャンプして繰り出すフライング・ショルダー・アタックも得意でした。連続の合わせ技でフィニッシュしていましたけど、とにかくひとつひとつの技が綺麗でしたね」

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