リングを去る心優しき王者・内山高志。笑ってさよなら、涙はいらない (7ページ目)

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO

 引退試合となったこの試合、個人的な忘れられない瞬間を記しておきたい。

 敗者としてリングを降りた内山を先回りするように、控え室前に走った。絶望の淵に突き落とされた人間は、その瞬間、どんな表情をしているのか? それを文字にするために。時として下品な仕事だなとつくづく思う。会長、トレーナーが、まさにこの世の終わりのような顔をして控え室に戻ってくる。

 その後ろを、内山が伏し目がちに歩いていた。次の瞬間、偶然目が合った。心は千々(ちぢ)に乱れていたはず。無視して通り過ぎるのが当然だろう。人生最大の絶望の直後、他人に気を配れるシーンでもなければ、そもそも、その表情など誰にも見られたくはないはずだ。

 しかし、目が合った内山は、「試合に足を運んでくれてありがとうございます」とばかりに、大きく会釈してから控え室に入っていった。内山高志とは、そんな男だ。

 話を戻そう。大晦日の試合、戦略である以上、コラレスを批判するのは的外れだ。それでも試合後半、コラレスは逃げた。ホールディングまがいのクリンチを連発したかと思えば、靴紐が解けたと時間を稼いだ。個人的には今でも、ホームであの試合ならば内山が勝っていたと信じている。

 敗戦後の控え室、押し寄せた記者たちに内山は誠実に、淡々と話した。そして、「実力を出し切って、最後のゴングを聞いて、これだったので、しようがない」とすべてを飲み込むと、言い訳は一切しなかった。

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