課題山積。山口香が語る「日本柔道界、腐敗の始まり」 (5ページ目)

  • 木村元彦●取材・文 text by Kimura Yukihiko

――逆に言うと、谷は勝たなければいけなかった。

「そういうことです。勝ったら誰も文句は言えないですよ。1年半休んでいても『誰も谷を越えられなかったじゃないか』となる。それで終わりなんです。

  だけど、福見が勝ったということは、その1年半で谷さんを負かすまでの力を付けたことをそこで示したわけです。だから、強化としても、逆に言えば誇らしいことなんです。だけど、お金をかけて育ててきた福見が勝ったにもかかわらず使わず、谷を代表にするということは、強化自体を否定するもの。

  では何をもって、選手たちにモチベーションを持たせて、強くなれ、勝てと言えるのか。勝て、だけど最後は使いません、休んでいた方を使いますよというんだったら、福見には1年半前から言ってほしかったですよ。お前、勝っても使わないんだぞと。これはメディアも情けなかったんです。そこを追求しなかったですから。

 そして、谷さんはその時の世界選手権で勝った。結局柔道は勝てばいいだろうという論理に走っていってしまった。だから殴ったって蹴ったって、何したってやっぱり勝たせなければいけないんだという悪循環に陥って、選手に対してのリスペクトがどんどん低くなっていってしまったような気がします。

 つまり、代表選手を選ぶルールがないし、選ぶ側に説明責任もないわけです。ということは、選手はコーチや指導者、組織の上層部に嫌われたら終わりなんです。だからパワーハラスメントがおこるんですよ。言うことを聞かないと、お前を使わないぞとなる」

――選手にとってみれば、代表を選ぶ人というのは生殺与奪の権を持っているに等しいわけですからね。

「だから、谷さんが選ばれたとき、あんなことができるのだから、これから何だってできるぞという強いメッセージを放ってしまった。選手はそこで指導でのパワハラに遭わなくてはならなくなった。私は本当に柔道界の汚点だと思います」

――やはり、北京五輪の前年に遡っての検証作業が必要ですね。新しく会長の任に就かれた宗岡正二氏(新日鉄住金・会長兼最高経営責任者)についてはどのように期待されていますか。

「外部からの人材を招いたということで、これまで柔道界の人だけではできなかった改革をやっていただきたいですね。助成金の不正受給も含めて、今回の事でスポーツ界全体に大きな迷惑をかけてしまった。その信頼を取り返すためにがんばって頂きたいです」

 ラストはお上に最後通牒を突きつけられる形で全柔連執行部が総辞職に至った。スポーツに対しての距離を取る政府は、最後の最後まで介入には慎重だったという。

 この幕引きは言うまでもなく大きな恥である。当然ながら、これで全てが解決されたわけではない。パワハラも助成金濫用も、同じ醜態はもう許されない。外部の血による改革が本物なのか、これまで以上の厳しい目線が必要とされる。

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vol.2 第1回 第2回
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