2013.02.07

【ボクシング】村田諒太はプロでも世界の壁を越えられるか?

  • 原 功●文 text by Hara Isao
  • photo by AFLO

「五輪金メダリスト」という看板を引っさげ、プロの舞台に踏み出そうとしている村田諒太 村田諒太は昨夏、日本アマチュアボクシング界において東京五輪バンタム級の桜井孝雄以来、実に48年ぶりの「オリンピック金メダル獲得」という快挙を成し遂げた。その直後、協栄ジムから1億円のオファーを受けたときは、「プロ転向の可能性はゼロに近い」と話していたものだ。あれから半年後、村田がプロ転向の意思を明らかにした。村田の気持ちと周囲にどんな変化があったかは、本人のみぞ知るところであろう。

 ここでは、村田が遠からずプロ転向を果たしたとして、その前途に何が待ち受けているかを中心に話を進めていきたい。

 アマチュアの最高峰を極めた選手がそのままプロで通用するかというと、必ずしもそういうわけではない。それは、過去のデータが物語っている。

 ロンドン五輪以前、日本には桜井を含めて3人の五輪メダリストがいた。しかし、3人とも転向したプロの舞台では、世界の頂点に立てずに終わっているのだ。桜井は世界挑戦で惜敗し、1960年ローマ五輪フライ級で銅メダルを獲得した田辺清は世界戦を目前に網膜剥離で引退。そして1968年メキシコ五輪バンタム級で銅メダルの森岡栄治は日本王座を逃がし、1年半で10戦(6勝4敗)してプロキャリアを閉じている。

 海外ではモハメド・アリ(アメリカ/アマ:ライトヘビー級、プロ:ヘビー級)、ジョージ・フォアマン(アメリカ/アマ、プロともヘビー級)、シュガー・レイ・レナード(アメリカ/アマ:ウェルター級、プロ:5階級制覇)、オスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ/アマ:ライト級、プロ:6階級制覇)、ウラジミール・クリチコ(ウクライナ/アマ:スーパーヘビー級、プロ:ヘビー級)のように、五輪金メダリストがプロでも頂点に上り詰めたケースは珍しくない。

 ただ一方で、挫折したエリートも数多く存在している。1976年モントリオール五輪で脚光を浴びたライト級のハワード・デービス(アメリカ)、1984年ロサンゼルス五輪ヘビー級のヘンリー・ティルマン(アメリカ)、同スーパーヘビー級のタイレル・ビッグス(アメリカ)、2000年シドニー五輪スーパーヘビー級のオードリー・ハリソン(イギリス)、そして2004年アテネ五輪ヘビー級のオドラニエル・ソリス(キューバ&アメリカ)ら、金メダリストがいずれもプロの壁に跳ね返されているのだ。

 成否は個々の力量によるところが大きいものの、プロとの相違に戸惑うケースも少なくない。たとえば、試合のラウンド数である。五輪は3分×3ラウンド制を採用しているが、プロは最短でも3分×4ラウンド制で、世界戦は3分×12ラウンド制である。つまり基本的なスタミナと、配分の巧拙(こうせつ)という点で大差があるのだ。