【男子バレー】石川祐希が振り返る、出場機会が減ったクラブシーズン 「うまくいかないことが重なったのかな」 (3ページ目)
――ケガから復帰し、リーグを制してCLも優勝。チームとしての大きな目標を達成しました。しかし、そこに自分が主体的に関われていないという、もどかしさを感じましたか?
「もどかしさはあまりなかったです。ケガをしてしまったので割りきれましたし、『試合に出たいな』と思うくらいでした。ケガをしていないのに出られない時のほうがもどかしかったですね。ケガは全治2カ月くらいでイメージしていたので、絶対にスタートからの出場はないし、途中からでも出られるかわからない。なので、逆にケガの治療に専念できました」
――2年間過ごしたペルージャを離れてトルコでプレーする決断をしましたが、イタリアのトップチームでプレーを振り返っていかがですか?
「イタリアで初めてタイトルを獲れましたし、さまざまな学びがありました。充実というよりも、学びや発見があった2年間だったと思います」
――学びや発見とは、具体的にどんなものですか?
「選手たちの考え方、練習の方法や態度、監督についてもそうです。環境に関しても、決してすごくいい環境というわけではないんですよ。日本と比べると、日本のほうが設備もそろっていて、体育館もきれいで空調がきいている。それでもイタリアが強いのは、やはり選手の力なんだなと感じました。
ペルージャはここ数年、選手が大きく変わっていないので、自分も徐々に成長できたんじゃないかなと思っています。メインとなる選手が、セッターのシモーネ・ジャネッリ選手、リベロのマッシモ・コラチ選手、アウトサイドヒッターのカミル・セメニュク選手とオレフ・プロトニツキ選手、オポジットのワシム・ベンタラ選手と確立されていましたからね。僕がチームに入る1年前に監督が変わって、先ほど挙げた選手たちと一緒にやっていくなかでコンビも合ってきていると感じました。その経験は、かなり大きなものになったと思います」
(連載19:初のトルコリーグ挑戦に「自分が求める何かがきっとある」 30歳から思い描くキャリアの"第二章">>)
【プロフィール】
◆石川祐希(いしかわ・ゆうき)
1995年12月11日生まれ、愛知県出身。トルコ1部リーグのジラート・バンク・アンカラ所属。星城高校時代に2年連続で三冠(インターハイ・国体・春高バレー)を達成。2014年、中央大学1年時に日本代表に選出され、同年9月に代表デビューを飾った。大学在学中から短期派遣でセリエAでもプレーし、卒業後の2018-2019シーズンから昨シーズンまでプロ選手として同リーグで活躍。2021年には日本代表のキャプテンとして東京五輪に出場し、29年ぶりに決勝トーナメントに進出。2024年のパリ五輪でもキャプテンとしてチームをベスト8に導いた。
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