男子バレーボール・柳田将洋が振り返る部活動の何気ない日常「間違いなくあれは青春の一部でした」 (3ページ目)
【春高バレーを3回経験した最初の世代】
――大学には推薦での進学を目指したとのことですが、とはいえ成績が伴わなければ推薦枠をもらえませんよね。部活と学業の両立も大変だったのではないですか?
柳田 東洋高校は成績が悪いと練習には出ずに補習を受ける決まりがあったんですが、それも部活らしいなって今は思います。部活に出るために、しっかり試験前には勉強しようと思えました。やはりエースが抜けるわけにいかないじゃないですか。そういう現実的なところも含めて今思えば青春ですよね。
――引退は寂しかったのでは?
柳田 春高バレーが最後の大会だったのですが、実はそれほど......(苦笑)。そこで負けた瞬間に引退が決まりました。実は僕の代だけ特殊で、僕らのひとつ上の学年までは春高バレーは4月開催。3年生が引退したあとの、1、2年生のための大会でした。ところが僕が3年生の時に1月開催に変わって、初めて春高バレーを3度経験した世代なんです。
3年生の最後の春高は3位。鎮西高校(熊本)に負けました。「やりきった」という感じで、寂しさは感じませんでしたね。もちろん負けてしまって残念だったのですが、すでに進路が決まっていたので「よし、ここから大学」「もう俺、大学生になるのかぁ」と思いながら帰った記憶があります。
ただ、卒業式だけは少し感傷的になりましたね。式の最中、体育館で北畠(勝雄)監督の姿を見た時に急に部活でのいろんな場面を思い出して、「おそらくたくさん叱りたいことはあったのだろうけれど、我慢してくださっていたんだろうなぁ」と。胸が熱くなりました。思えば、ああしろ、こうしろと言われない指導だったからこそ自分たちで考える習慣が生まれましたし、自分たちで考え、行動することの大切さを学べたのだと思っています。
Profile
柳田将洋(やなぎだ・まさひろ)/1992年7月6日生まれ。東京都出身。186㎝。アウトサイドヒッター。2023年から東京グレートベアーズ所属。東洋高校では、春高バレーに1年生で出場してベスト8。2年時に優勝を飾り、3年時もベスト4と成績を残した。慶應義塾大に進学後、全日本メンバーには大学3年で初登録された。2015-16シーズンにはVプレミアリーグで全試合に出場し、最優秀新人賞を受賞。2017年のプロ転向後、ドイツ、ポーランドと海外でもプレー。日本代表としては、2018年からキャプテンを務めるなど、中心的存在として牽引。直近では2023年の杭州アジア大会代表で、銅メダル獲得に貢献した。
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